ためらうよりも、早く。


すると、「柚希?」と呼んだ彼は話すのを中断した。が、続きを促すとすぐに頷き、再び薄く形の良い唇が紡ぎ出した。



「ゆえに反目することに恐れを成したガキは、彼女の元から逃げ出してしまいます。
その後は美しく成長していく姿を、ただ近くから見ているしかありませんでした。
たとえ隣に別の男がいようとも、別れを切り出した自分にはもう、口に出す権利など何処にもないと言い聞かせながら……。
しかし、理性とは裏腹に、彼女への感情は日々増していきます。自業自得とはまさにこのことです。
次第に見守ることにも耐えられなくなり、遂に逃げる形でアメリカ留学を決めてしまいました。
そして、離れて冷静さを取り戻すと結局、大好きな子を諦めるためには、欲で誤摩化すことが一番だと割り切るようになったのです。
阿呆な考えを実行し始めたところ、弟の恭哉の友人、かつ留学中に仲良くなった拓海には、何度も考えを改めるよう怒られました。
ちなみにそんな拓海の場合、自分よりも大事な彼女に執心しているので、いくら女性が寄って来ても知らん顔。
そして帰国して早々に、愛しい蘭ちゃんを自分の手中に囲いました。社長室でエロいことを散々して、別の意味で泣かせてやがったけど。
蘭ちゃんは知らねえけど、あっちの方がずっと策士だっての。飄々と、俺を“クセ者”とか言いやがって。……おっと、脱線しましたね。
男は欲に素直な生き物だ、と言い返す度、彼は呆れていました。ええ、最低以外の何者でもありませんね。弁解のしようもありません。
そうして帰国し、さらに美しくなっていた彼女と数年ぶりの再会を果たすことになりました。
内心、避けられるのを覚悟していましたが、色気たっぷりな彼女は、一線を置きつつも会うのを許してくれたのです。
だったら一生、昔馴染みであり続けたいと固く誓いを立てました。
もう、二度と悲しませたり、泣かせたりしないためにも。……いや、本当はただ俺が怖かったのです。
事あるごとに、“ただいま”と言って会っていたのも、きっかけづくりという名の防衛策。
たとえ嫌々でも、“お帰り”と返してくれる優しい彼女が拒否することはない、と分かっていたからです。意気地なしですよね、すみません。
こうして、一緒にいられるだけで構わない。これで満足しようと思い込んで、長年やり過ごしてきました」


ゆらゆら、と瞳を埋め尽くす涙は侭ならず、いつしか頬を滑り伝うように流れていた。


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