ためらうよりも、早く。


芳ばしい香りの黒豆茶をカップ半分ほど飲んだ頃。先ほど小さな攻防を終えたばかりのスマホが着信を告げる。


またか、と業務中の電話が嫌になるのは社会人の悲しい性だろう。


しかし、そんな感情は画面表示を見てすぐになくなった。珍しいと思いながら、タップしたのち「はい」とその電話に応じた……。



その日の夜。仕事を終えた私は愛車を会社に置き去りにし、水橋さんに呼んで貰ったタクシーに乗車していた。


夜の街並みを走行したタクシーは順調に目的地へと到着し、運転手に支払いを済ませて車を降りた。


高層ビルの乱立する都内でも、凝ったデザインが人目を引くそこは今日も煌々とした光を放っている。


こうして私が訪れたのは、都内でも指折りのラグジュアリー・ホテルだ。


そこで一旦立ち止まり、腕時計こと、“タイム・ピース”をチラリと一瞥する。


パテックフィリップのコンプリケーションが今の相棒。控えめに主張しながら、肌にしっくり馴染む精巧なつくりがさすがのスイス製と思う。


さらに特徴的なムーン・フェイズの愛らしさと、フェイスまわりを美しく囲む小粒ダイヤが目を楽しませてくれる。


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