恋のカルテ
まずは下味を付けておいた鮭に小麦粉をまぶす。そしてフライパンを火にかけた。
キッチンはカウンター式になっているので、リビングの様子がよく見える。いつもならぴん伸びている背中が少しだけ丸い。疲れているのとは少し違う。
話してくれなかったから分からないけれど、仕事中に何があったんだろう。
命は救えばいいってもんじゃない。
そのワンフレーズがさっきから頭の中で繰り返されている。先生はしばらくソファーに座っていた。
やがて立ち上がったと思ったら寝室へ入っていった。それから部屋着に着替えた先生はカウンター越しに声をかけてくる。
「何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫です。いつもひとりで作ってましたから」
「……へえ、じゃあなおさら手伝わなきゃな。前の男なんかよりオレの方がいいって思わせたい」
いきなり何を言い出すのか。私は眉をひそめて聞き返す。
「思わせてどうするんですか? 本当の恋人でもないのに」
「そりゃそうだけど、あれだ。この世の中には他にもいい男がいるんだって思えれば、早く忘れられるだろう。そのためにオレがいるわけだし。だから甘えなさい。でも好きにはなるなよ、応えるつもりはないから」
そこまで言われたら素直に甘えてみようかと思ってしまうから不思議だ。