恋のカルテ
その日、午後七時の管理棟はやけに静かだった。
帰宅を急ぐ私は、医局を目指して長い廊下を小走りで進む。
忙しく響くのは私の足音だけ。省エネのために間引かれた蛍光灯がその先に立つ人物をぼんやりと照らしている。
誰だろうと思い目を凝らしてみる。するとそこにいたのは佐伯先生だった。
私の姿を見付けた先生は、壁にもたれていた体をゆっくりと起こす。
「お疲れ。これ、旨かったよ」
手にしていた紙袋を私に差し出して、「また作ってくれ」といった。
「そういうことは、私じゃなくて松谷先生にいったほうがいいですよ。じゃあ、失礼します」
先生の手から紙袋を受け取ろうと手を伸ばす。でも、佐伯先生は放そうともせず、取っ手を掴んだままだ。
「待てよ。オレと松谷のこと、勘違いしてないか?」
「してたらなんなんです? 仮眠室に二人でいたんですよね。私の時みたいに松谷先生のことも誘ったんじゃないですか? 種の保存がどうのこうのって同じセリフはいて」
「松谷に悩みがあるっていうから相談に乗っていただけなんだ。内容は教えられないけど、あいつのためを思って少し手厳しいこと言ったらいきなり部屋を飛び出しやがった。だから、本当に何もない。あいつとオレはただの同期で友達だ」
「そんな嘘、小学生でもつけますよね。でも、もういいです。私には関係のないことですから」
吐き捨てる様に言うと、先生は大きなため息を吐く。