恋のカルテ
「誰だよ、あんた」
「お前に名乗る必要なんてねえだろ」
気圧される様に後退する圭人。
それに続いてゆっくりと姿を現したその人は、私の救世主に他ならない。
どうしてここにいるのかなんて、どうでもよかった。
「先生」
必死で手を伸ばすと佐伯先生は私を引き寄せて抱き締めてくれる。
「怖かったろ? 震えてる。あと少し遅かったら、あいつに食われてたじゃねーか。全く。だから行くなって言ったんだ」
「……ごめんなさい」
「まあ、いいや。間に合ったから。……さてと」
佐伯先生は私を抱きしめたまま、園部医院長を見た。
「どうも初めまして、園部先生。あんたの悪行、自分じゃ気付いてないだけで結構有名ですよ?」
「はあ? なんだ貴様は! 製薬会社の接待を受けて何が悪い! その分、莫大な金を落としてやってるんだぞ」
「それが“まくら営業”でも?」
「そうだ!」
怒りに震える園部医院長は拳を振り上げて、今にも殴りかかってくる勢いだ。
「殴りたいならどうぞ」
佐伯先生はスマホを取り出すと、園部医院長の目の前に掲げた。
「録音してるんですよ。……そう言えばお父様の選挙、もうすぐでしたよね。後援会の皆さんに送って差し上げましょうか? それとも病院関係者がいいかな」
「やめろ、そんなことするな! 金なら出す。いくら欲しい」
「いらねえよ」
佐伯先生は「行くぞ」といって、私の手を引いて歩き出す。すると圭人が私の名前を呼んだ。
「……加恋。行かないでくれ。僕、どうかしてた。もうこんなことしないから」
でも、私は振り返らなかった。
すぐ前を歩く佐伯先生の背中。それだけを見つめ続けた。