恋のカルテ


「もう、ほんとごめんね。みっともないとこ見せちゃって。兄さんと母さんはいつもああなんだよ」

談話室の自販機の前で買ったコーヒーを飲みながら佑樹くんは言った。

「もともとは母さんが悪いんだ。兄さんのこと家から追い出しておいて、都合のいい時だけ戻ってこいだなんてさ。そりゃ兄さんも怒るよね」

同意を求められ、遠慮がちに頷いた。すると佑樹くんは「でしょう」と笑う。

「でもね、父さんが倒れた今、兄さんが麻生の家に戻ってきてくれたらいいのにって思うんだ。……僕が後を継げればいいんだけど、医者になれるかどうかも分からないし」

佑樹くんは医大受験に二度失敗し、三度目の受験を控えているそうだ。

母親の期待を背負っている彼は、どれ程のプレッシャーを感じているのだろうか。

「そうだ、お姉さんからも言ってよ。麻生病院で働いたらどうだって。兄さんって優秀なんでしょ? 病院の士気も高まるだろうし、そうしたら父さんも少し楽が出来る」

「それは無理ですよ。私はそんな立場じゃないですから」

「そう言わずにさ。お姉さんは兄さんの恋人なんでしょ? 兄さんが女の人を連れて来ることなんて今までなかったもん。きっと特別な人なんだと思うよ。だからさー、お願い」

佑樹くんは私の手を握り、頭を下げる。

「……無理ですって。私、特別なんかじゃないですから」

「そうなの? ……あ、兄さんだ」

振り返ると、佐伯先生がゆっくりと歩いてくるのがみえた。

< 222 / 250 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop