この思いを迷宮に捧ぐ
「どうして私を放っておいてくださらないのですか」

その声は、彩菜のものだった。


「壁が薄い。彩菜は、俺が目覚めたことも、君がここにいることも気が付いていない」

晁登が慌てて暗い中で、耳打ちするのにも、覚悟のなかった千砂はどきどきした。不意に捕まった手が、不自然に熱を帯びて行く。


「好きだから」

あっさりそう答えたのは、黄生の声。

千砂は、一瞬で自分の恋を忘れた。


「気のせいでございます」

容赦なく彩菜が切り返して、二人の間では何度も繰り返された問答のように思われた。

「ちがう」

「...万が一そうだとしたら、なおさら放っておいてくださるべきではないですか」

「なぜ?」

しばらく、沈黙があった。



「私の心は一度、砕けています」

気のせいか、自分の手を引く晁登の手のひらがこわばったように、千砂には感じられた。
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