この思いを迷宮に捧ぐ
「今朝、急に他国に公演に行かないかと持ちかけられたんだ」

ぽつりと呟く晁登の横顔は、見えないものを探すように見えた。事態が急激に変化している訳を見極めるように。


「俺、諸国を巡って、外貨を稼ぐよ。たくさん税金が納められるくらいに」

そう言うと、気持ちを切り替えたかのようにふと顔を上げて、いたずらを思い付いたように楽しげに笑う晁登を、愛しく思ってはいけないなんて、どうしたって無理だ。

「頼りになる座長ね」

千砂は、彼がこれからも演劇を続けてくれることに安堵しながら、愛しい気持ちを懸命に打ち消す。



「この国と、君のために」

…愛しすぎて、無理だ。



「その演目で、もしも、君の嫌いな、愛をささやく場面があったら」

そこで言葉を切って、晁登はまっすぐに千砂を見る。目を逸らすことを許さないほどの強い視線。


「俺は必ず君を思い浮かべる」


この瞳に、迷いも揺れも見えませんように。それが不可能ならせめて、涙など出ませんように。千砂は必死に祈る。


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