この思いを迷宮に捧ぐ
「なんて言うのか、もうおなかいっぱいっていう感じね」
「母親が?」
「そう。父が忙しかった分、始終私たちのそばにいて、よくかまうししゃべるしで、十分、一生分関わってくれたんじゃないかしら」

「ふーん」
「だから、嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きなんだろうけど、胃もたれする感じよ」
「ぶっ」
翠が吹き出すけれど、ぴったりな表現だと千砂は思った。

翠も、普段は堅苦しい印象で、あまり雑談にも応じない千砂が、母親のことになると意外に雄弁で驚いている。

「だからこそ、安全なところに離れていてくれるのが一番いいわ」

千砂は、そう結論づけると、わずかに笑った。

それはもう子供としてというよりも、母親が見せるような優しい笑みで、翠はどきりとした。
自分が母親を守るために、自分の近くに連れていたいと思うのと、行動は反対なのに、母親の安全を思う気持ちは同じなのだとわかると不思議な気がした。
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