名前を教えてあげる。
「…あ、うん。猿島見に行った時、食べた激甘のやつでしょ?」
「そ。それをくれたのがヒロなんだ。
俺の叔父。国際弁護士なんだけど、今、ニューヨークから一時帰国してて、ここに住んでるんだ。
とりあえず、ヒロんちに居候させてもらおうかなって」
「ええ?大丈夫なの?」
「うん。親と喧嘩したから行ってもいいかって電話で訊いた。承諾済みだよ。
まだ仕事で帰れないけど、コンシェルジュに部屋開けさせておくから入ってろって」
ーー親と喧嘩?
「そんなレベルじゃない…」
と美緒が言いかけたところで、エレベーターがポーンと高らかな音で目的地に到着を告げた。
そこは美緒の知っているマンションとは何もかもがかけ離れていた。
各部屋へ続く廊下の絨毯はふかふかだし、表札は何も出ていない。
生活感というものがまるでなかった。
美緒は、自分の履き古した黒いローファー靴が恥ずかしくなる。
「お邪魔しま〜す」
玄関ドアを開けながら、順がおどけた口調で言う。
順の後に続いて中に入ると、部屋の中は真っ暗でやはり人の気配はなかった。
「あ、待って…」
暗いところが苦手な美緒は、順の背中に縋り付いた。