美狐はベッドの上で愛をささやく

今はまだ、紅さんが傍にいる。


そう思っただけで、わたしは何も言えなくなる。


何度もコクコクとうなずくと、紅さんはひとつ微笑んで、わたしの小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。


そんな、何気ない優しさに、わたしの胸がまた震える。





……カラン、コロン。


一角にある小さな喫茶店。

鳥の木彫りがあるかわいらしいデザインをした茶色い扉を開けると、同時に鈴の音が紅さんとわたしを出迎えてくれた。


モダンで大人な雰囲気の店内は、なんだか隠れ家みたい。


外はたくさんの人がいるのに、中にいるお客さんは数人しかいない。


さっきの喧噪(ケンソウ)が嘘のよう。

店内には、生前、父が好きだったヘンデルのクラシックが流れていた。


ウェイターさんに案内されて奥へと進み、席に座るとメニューを手渡された。

だけど、何を頼めばいいのか分からなくって、メニューとにらめっこをする。


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