Schneehase~雪うさぎ 身代わり王子にご用心番外編




本当は、別れの前にきちんと話をしたかった。これからのこと――私が彼女のためにしたいこと。


“待っていてくれ” 、と。そう言えたらどんなにいいか。


だが、無責任な約束など出来やしない。


私がこれから立ち向かうのは、ヴァルヌスがハプスブルグ帝国の一部であった時代から、幅を利かせていた力のある大貴族だ。独立して以来100年間、宮廷と議会を牛耳ってきた。


最悪、王位継承権剥奪どころか命すら危うい。当主の息子の妻が降嫁した王女ということで、当主の孫が傍系として王位継承権を有していると主張している。

実際、父には妹がいて融和の為に叔母はその貴族に嫁いだのだが。幼い息子を残して逝去されている。直系の王位継承者が私一人ということで、その孫が王位継承権を有する。と、現当主が主張しているのだ。


ヴァルヌスの王室典範では王位継承は直系にしか認められていないが、直系が途絶えた場合はその限りではなく、最も近い血筋が優先と規定されている。つまり、私になにかあれば従弟にも王位継承権が生じる。


“なにか”など、想像しなくともわかる。私の執務能力を奪うか――命を奪うか、だ。スキャンダルをでっち上げるなど、まだ可愛い方だろう。そんなまどろっこしい手段は使わず、悪意を持って命を狙うはずだ。


死ぬ可能性だとてある。こちらも万全な態勢で挑むが、綱渡りのようなもの。祖父ほどの年齢の老獪な人間を相手に、どこまで渡り合えるか。


「桃花、約束できなくて済まない。だが、必ずあなたを迎え入れる。その気があれば、ヴァルヌスに来てくれ。それまでにはきっと、すべてを変えてみせる」


恋人未満の彼女に囁くと、額にキスを落として目を閉じた。彼女の肌に触れられるのも、もしかすると最後かもしれない。


しばらくして、想いを断ち切るように桃花を放す。迎えに来たアルベルトをホテルに残し、護衛や侍従とともに大使館へと向かった。

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