いつもので。
嬉しそうな顔を見せてくれたのはわずか数秒で、すぐに真顔に戻ってしまったのが少し残念だ。
もっと見たいのに…
「そうだ。フルネーム教えろ」
「名前ですか?」
「ああ。店のネームプレートは名字だけだし、優河たちはすずちゃんって呼んでただろ」
すごく今さらな気もするけど、そんなことを聞いてくれる彼がちょっとだけかわいく見えた。
年上で意地悪で俺様なのに…
店長に聞けばすんだような気がするけど。
「藤崎 すずな、です」
「だから、すずちゃん、か」
ふっと口元を緩めた彼の手がふわふわと髪を撫でる。
その手の動きが気持ちよくて目を閉じていると不意打ちのように耳元で囁かれた。
「……すずな」
…やたらと低く、甘い声で
「…ちょっ」
「ほんとにわかりやすい。真っ赤。耳、弱い?」
露骨に慌てたわたしを見て、くくっと笑いを堪える彼はとても楽しそう。
「知らないですっ」
ばくばくした心臓を静めるためにも少し離れたい。
この距離は近すぎる。
でも肩に回されてしまった腕のせいで逃げようにも逃げられない。
せめてと思って顔を背けて目を閉じて、じっとしてると「…誘ってる?」という声が聞こえたと同時に首筋に吐息が触れた。
「え、やっ…ちょ、篤さんっ」
ちゅっと音がして、今度は怖くなる。
「やだっ…なにも、しないって」
だから部屋に上がったのに…
「おまえが悪い。無防備に首筋見せつけてくるから」
声の振動がそのまま首筋に伝わって、逃げ出したくなった。
「見せつけてなんかないですっ」
好きだし、両想いになったけど、その先はまだ怖い。