不機嫌主任の溺愛宣言

一方の前園忠臣。彼は今日も今日とて悩んでいた。

巡回を終え事務所へ戻る途中の従業員通路で、彼は思わず頭を抱え「ああ」と呻いてしまう。

――一今日も一華に近づけなかった……。

忠臣が一華を避けていたのは、決して彼女の気のせいではなかった。明らかに、意図的に、彼は距離を置こうとしている。何故って。

一華といる事で自分の欲望に歯止めが掛からなくなる事を、彼は恐れているからだ。

あの夜、彼女に名を呼ばれ一瞬で理性が吹き飛んでしまった事はそれほどまでに衝撃的だった。世の中にこんな情熱があるだなんて、と。

忠臣は昔から何事も計画的にこなす几帳面な性格だった。己を律し正しいと思った道を歩む。一時の欲望や気の迷いで行動する等、彼が最も蔑むべき事で。そして自分は決してそうはならないと云う自信もあった。なのに、だ。

あの夜を思い出すたび彼は自己嫌悪に陥る。衝動で大切な恋人を抱きしめてしまった愚かな自分に。と、同時に忠臣は未だその危うい情熱が燻り続けていることに恐怖していた。

送迎で、朝礼で、巡回で。一華を見るたび再び抱きしめたい想いが激しい波の様に襲ってくる。

恋とはなんと恐ろしいものなんだ。心の底から痛感する忠臣は、この情熱の手綱を握れるようになるまで一華から遠ざかるしか無かった。

俺は未熟だ。いい歳して己の感情さえも操れないだなんて。

自分に辟易した忠臣は、次の休みには寺に行って禅でも組もうかなどと思案する。けれど、そんな彼の努力虚しく。暴走しそうな情熱を患ったまま、彼は一華から早々にメールで呼び出しを喰らうのであった。
 
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