不機嫌主任の溺愛宣言

***

「はっきり言って下さい。私に何かいけない所がありましたか?」

眉を吊り上げ真っ直ぐに見据え、厳しい口調でテーブルを挟んだ向かい側から一華は恋人を責め立てた。

終業後に待ち合わせたカフェで、呼び出された忠臣は情けなくも年下の彼女から叱咤されている。自分の抱えている問題にストレートに正面から切り込まれ、彼はほとほと困っていた。困っていた、が

――怒ってる姿も可愛いだなんて、姫崎一華という人間は凄いな。

などと惚気た感心をする事も忘れなかった。

「別に……何も問題は無い。避けているなど君の気のせいだ。安心してくれ」

忠臣は分かりやすいぐらい動揺しながら言葉を紡いだ。何度も眼鏡のフレームを直し、眉間には皺を寄せ、視線は斜めに向いている。

嘘を吐いているつもりでは無かった。忌み嫌って避けている訳ではない、気持ちが平常に保てるまでちょっと距離をとりたいだけなのだ、物理的に。

けれど、その理由はあまりにも男として情けなく、とても一華には伝えられない。そんな理由で忠臣はなんとも怪しい返答と態度を晒して、彼女の不信感を強めてしまうのであった。

「忠臣さん。私、嘘や誤魔化しがこの世で1番嫌いなんです」

不機嫌を露にした表情で一華が告げると、忠臣の顔色はサーッと蒼白に染まる。

――す、素直に言った方が良いのだろうか。君を所構わず抱きしめてしまいそうだからちょっと離れてるだけだ、と。いやいや、そんな変質者みたいな事を言ってみろ。せっかく開きかけた心が閉じてしまうどころか、間違いなく頑なにキーロックされてしまう。一華は男の下心や性欲には辟易していたんだ。絶対にそんな事を感じさせてはならない。

「その……、なんだ……、君は何も心配しなくていい。これは俺の問題だ」

忠臣にとって、それが今言える精一杯の誠意と優しさだった。けれど。嗚呼悲しいかな、その台詞は隠し事が嫌いな一華の気持ちを逆撫でするだけであった。

「もういいです。私にとって恋人は信頼して何でも打ち明けあうものだと思ってたけど、忠臣さんは違うんですね。ガッカリしました」

「一華!」

勢いよく椅子から立ち上がり、一華はテーブルにお茶代をバンと叩きつける様に置くと、忠臣を置いて席から立ち去ろうとした。

「待ってくれ。その、違うんだ……!」

咄嗟に彼女の手首を掴んだものの

「もう、知りません!」

思いっきり振り払われ、忠臣はショックでボーゼンと立ち尽くす。

カツカツとヒールを鳴らし、明らかに怒ってますという後姿をしながら、カフェを出て行った一華と。今にもぶっ倒れそうな顔色をして成す術も無くそれを眺める忠臣を、他の客とカフェの店員はコッソリと固唾を飲んで見守っていたのであった。
 
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