唯一奇譚
気味が悪いなんて事は考えなかった。
ただただその素晴らしい毛並みの黄金色をした二つの耳が目に焼き付いて、言葉が出なかった。
あの耳をかぷっとやったらどんな感じやろ
そんな事を思いながら、人混みの中で迷惑も考えず立ち尽くしていた。
そして子供の泣き声で我に帰る。
落としてしまった冷やしパインをもう一度買って貰いたくて駄々を捏ねているその少年の横を通り過ぎ、参拝を終えて来た道を八坂神社の方に向って、戻り始めた。
あの男はなにもんなのか
それを知るべく。
途中で一緒に来たサークル仲間の顔が浮かんで足が止まったけれど、頭をふるふると振って再び歩き始めた。
どうせ誰も気づかんもん。ここまで付き合うたし、もうええやろ
本当に、誰も気づかないんだろう。
その事実に胸をちくちくと痛めながら、人を縫って歩く。
男の歩幅は大きく、幾度も見失いかけながら最後には下駄を手に持って早足で必死に付いていった。