冬夏恋語り


『地方ブロック会議』 と名前は立派だが、代理店関係者が集まり情報交換と懇親会が主な内容で、会議というより交流の色が濃く、一日目こそ議題にそった議事が行われるが、会議のあとは懇親会という名の宴会となる。

二日目は、男性の半数はゴルフコンペに参加し、それ以外の人々は市内観光で半日を過ごすスケジュールが組まれていた。


直前に出席者変更となったが、私は過去に何度か父の代理で出席したこともあり、「小野寺さんの娘さん」 とみなさんが承知してくださっているため、知らない人の中に置かれる孤独感もなく、わりあい楽な気分で参加していた。


ファーストフード店で顔見知りになった常磐さんは、私と同じく父親の代理で出席だったが、今回が初めての参加だった。

心細い思いをするところでしたと言うが、言葉ほどではなく 「初めてお目にかかります。

みなさんのお名前は父から聞いております。今日は父の代わりに……」 と、そつのない挨拶をしている。

その挨拶に私の名前が持ち出され 「小野寺さんと街中で知り合いまして、偶然とは言え本当に驚きました」 との話になる。

それを聞いた相手は 「あぁ、あの小野寺さんの。そうでしたか」 ということで、常磐さんにも親近感を持つようだ。

そんなことから、常磐さんは懇親会でもすぐに打ち解けていた。

「小野寺さんのおかげです」 と言われると悪い気はしない。

話題のひとつとして、私には兄がいるが父の仕事を継がず早くに家を出たのだと話すと、常磐さんのお兄さんもそうで、次男の自分が父の仕事を引き継ぐことになったと言われ 「奇遇ですね」 とうなずきあった。 


初めて訪れた街で出会った人に共通点を見出したなら、奇遇とか偶然とか縁という言葉でつながりを示したくなるものだ。

偶然にも……と、これは本当に偶然だが、会議、懇親会ともに私は常磐さんと隣りあった席に座ることになった。

会議は地区別に席が決まっているため、隣県で隣り合うのはわかるが、入口でくじを引き席を決めた懇親会でも隣だったことには正直驚いた。

「またご一緒しましたね」 と、思わず声に出すと、常磐さんも 「縁がありますね」 と微笑みながら答えてくれた。

「旅先で新しい出会いがあるかも」 と言っていた従姉妹の言葉が頭をよぎったが、常磐さんの左手薬指の指輪が出会いの可能性を打ち消していた。

まだ新しい指輪をはめる男性と、何かが起こるとは思えないし、そんなつもりもない。

現実はこんなものなのよと、胸の奥でつぶやきながら、実は新しい出会いに少し期待していた自分に苦笑した。





「三次会、どうしますか」


「みなさんと、ご一緒したほうがいいのでしょうか」



長い一次会のあと街にくりだし、全員参加の二次会も盛会で、このままの流れで三次会へ……

という雰囲気だったが、私はホテルに帰って休みたい気分だった。

みなさんとの付き合いもある、どうしようか迷うところだ。



「僕と抜けませんか」


「抜けるんですか?」


「コーヒーでもどうですか」



常磐さんの言葉をいまひとつ理解できない私は、はぁ……と、はっきりしない返事をした。

既婚者の彼が私を誘うはずはないのに、と言葉の真意を探っていると、



「今日は夜中まで付き合う覚悟でいましたが、ペースが早すぎました。胃が少し……」


「大丈夫ですか」


「もともと酒は強いほうじゃないので。小野寺さんもそうでしょう」


「えぇ……」


「あなたを送っていく口実で、戦線離脱しようかと」



わかりました、お付き合いしますと伝えると、地元の人に美味しいコーヒーの店を教えてもらったから、そこへ行きましょうと言うことになり、幹事さんに先に帰る旨を伝え、ほろ酔い気分のグループからそっと抜けた。



コーヒー店への道々、互いの身の上話になった。

常磐さんはやはり新婚で、今春結婚したばかりだそうだ。

結婚を機にお父さんの仕事を手伝うことになっていたが、家探しが思うようにいかず、常磐さんのご両親と同居となった。



「嫁さんが同居に賛成してくれたので、なんとかやってます。小野寺さんは実家ですか」


「いつまでも親元にいるのも、どうかと思いますけど」


「結婚しても、そのまま住むのもいいんじゃないかな。

娘さんと同居なら、ご両親も安心でしょう。結婚されると、耳にしましたが」



父が誰かに話をしていたようで、私も 「結婚するんだってね」 といく人かに声をかけられていた。

聞かれても、まだ決まってないんですよ、と返事をしてきたが常磐さんには本当のことを話した。



「そのつもりでしたが、やめました」


「理由を聞いてもいいですか」



さぞ驚かれるだろうと思ったのに、常磐さんは静かにこう聞いてきた。

結婚をやめたい理由……

西垣さんに伝えなければいけないことでもある。

立ち止まった私の足に合わせて、常磐さんも立ち止まる。

理由を聞くまで待つつもりのようだ。



「価値観の違い……ですね。難しい理由じゃないんです。

私が我慢すればいいのかもしれないけれど、我慢したくないことが増えてきて、爆発しちゃったんです」


「我慢の限界を超えたんですね。辛かったでしょう……それとも、スッキリした?」



常磐さんは、とても聞き上手だった。

既婚者である安心感が、私の気持ちを楽にさせていたこともある。


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