冬夏恋語り
「スッキリしました。
彼が好きなものを私は受け入れられるけれど、彼は私の好きなものを受け入れないんです。
だから、やめました」
「そのこと、彼にちゃんと言ったほうがいいな」
そこですよ、と示された先に見えたのは、コーヒー店の名前が刻まれた看板と、その横に立つ、複雑な顔の西垣さんの姿だった。
店の入口をふさぐように立つ私たちを、迷惑そうな顔で避けながら客が店内に入っていく。
邪魔にならないよう、後ろに退こうとしてバランスを崩し、西垣さんの腕に支えられた。
「いつ、こっちに来たんだ?」
「西垣さんは、どうしてここに?」
質問に質問で返すなと言われたことを思い出したが、聞かずにはいられなかった。
仕事だよ……と西垣さんが言い、私も仕事です……と返事をした。
そんな話は聞いてないよと言う西垣さんに、私も聞いてませんと返す。
「コーヒーでも飲みながら話そうか」
押し問答を重ねる私たちに、中に入って……と常磐さんが促した。
メニューの表に 『26時閉店』 と書かれていた。
24時が真夜中の0時、ということは26時は午前2時、閉店までまだ数時間ある。
10時を過ぎても客足が途絶えない店は、これから賑わうのだろう。
常盤さんがキリマンジャロ、西垣さんがコロンビアとすでに注文を決めたのに、私はまだ迷っている。
いつも同席する人と同じものを頼んでいた私は、いろんな意味で迷っていた。
常磐さんと同じものをと言えば西垣さんに悪いような気がして、けれど、西垣さんと同じものを注文する気分ではない。
かと言って銘柄にこだわりもなく、どれを選んだらいいのかわからない。
「苦み、酸味、香り、小野寺さんの選ぶポイントはどこ?」
「うーん……」
「迷ったときはブレンドがいいよ」
じゃぁ、そうしますと、助言をくれた常磐さんに笑顔を向けると、西垣さんがわずかに嫌そうな顔をした。
「西垣、そんな顔をするな。僕に聞きたいことがあれば、聞けばいいだろう」
「どうして彼女がここにいるんだよ」
「僕と同じ会議に出ていた。僕にとっては初めてのブロック会議だ。
初対面の顔ばかりで疲れたから、懇親会を抜け出そうと思って彼女をコーヒーに誘った」
「おまえ、結婚してるだろう!」
「それがどうした」
「常磐!」
「知ってるか? 彼女は結婚したくないそうだ」
「おまえには関係ない」
「だな、関係ない。ないが、コーヒーくらい飲んでもいいよな」
西垣さんと常磐さんが、知り合いであるということはわかった。
わかったが、常磐さんは何をしたいのか。
私をここに連れてきたのは、西垣さんに会わせるため?
それにしては、雲行きが怪しいけれど……
「おふたりは、あの……」
「大学の同級生です。
西垣から珍しく電話をもらって、仕事でこっちにいると聞いて、僕もちょうど日程が重なったので、久しぶりに会おうかと」
懇親会がすんだあと、ふたりで飲むつもりでしたと言うと、常磐さんはコーヒーを美味しそうに飲み干した。
「彼女が一緒だと、どうして言わなかった」
「言ってほしかったのか?」
「とぼけるな!」
大きな声に顔をしかめた客が、こちらへ厳しい顔を向け、常磐さんが 「すみません」 と謝った。
西垣さんはかなりイラついているが、なぜ常磐さんは西垣さんを煽るようなことばかりを並べるのだろう。
「常磐さんは、私のことを知っていたんですか?」
「いいえ、知りません。西垣に結婚したい彼女がいるとは聞いていましたが」
「でも、どうして……」
「西垣の彼女だとわかったかと?」
コクンとうなずくと、偶然です、とにこやかに答えた。
西垣さんは相変わらず機嫌の悪そうな顔で、香り高いコロンビアを美味しくなさそうに飲んでいる。