冬夏恋語り
「西垣に長く付き合っている彼女がいるのは知ってました。
保険の代理店業務をしていると言っていたなと思い出したのは、小野寺さんに会ってからです。
大学の仕事をやめてからお父さんの仕事を手伝って、家を継がなかったお兄さんがいて、おとなしめで、人を気遣って、結婚する予定があって、その相手は自分本位らしい、と……
こうも重なるとわかりますよ。西垣から聞いたとおりですから」
「……だから、私の席の近くに?」
「会議と懇親会の席ですか? まさか、本当に偶然です。
ブロック会議で一緒になったのも偶然、席が隣り合ったのも偶然なら、小野寺さんが西垣の彼女だったのも偶然です」
偶然の重なりには意味があるんですよと、私に言い聞かせるように伝える常磐さんを、西垣さんがじっと見つめる。
それまで耳に入っていたジャズの調べは、私の耳から遠ざかっていった。
「先週、西垣が電話してきて、たまには会おう、話したいこともあるからなんて、らしくもないことを言うんです。
いきなり呼び出されて、西垣の都合で付き合わされるのがいつものパターンでしたから、これは何かあったなと思いました」
「それが、今日ですか」
「懇親会が終わるのは夜中すぎだと言うと、遅くなってもいいから会おうって。
こっちは初めての会合で疲れてるのに、迷惑な話ですよ。
コイツ、自分のペースに人を巻き込むところがあるから、小野寺さんも西垣と付き合うの、大変だったでしょう?」
常磐さんに聞かれ、つい 「いいえ……」 と言っていた。
負担に思うようになったから別れを決めたのに、変に気を遣って本心を隠してしまう私の悪いクセだ。
西垣さんが口を挟むことなく黙って話を聞いているのは、常磐さんの言うことははずれていないということか。
「小野寺さんは優しいな」
「いいえ……」
また、同じ返事をしていた。
このように自分の気持ちを抑えて相手に合わせてしまうから、いらぬ誤解を与えてしまうのだと、自己嫌悪に陥っていると、私を慰める言葉が聞こえてきた。
「あなたの優しさに、西垣も安心しきっていたのでしょう。
派閥争いに嫌気がさして、大学をやめてアルバイトで食いつないで、そんな状況になっても何も言わずにいてくれた。
我慢強くて、ひかえめで、長く留守をしても戻れば優しく迎えてくれるんだって。
その人といずれ結婚するつもりだと聞いていたので、小野寺さんの話を聞いて、正直驚きました」
私のことを、そんなふうに話してくれていたなんて……
常磐さんから聞かなければ、わからなかった西垣さんの気持ちだった。
心が震え感動しながらも、心の底には冷えた感情も残っていた。
「大学で学生相手の仕事で、説明とか解説とか、話は得意なはずなのに、
肝心なことは言わない。言わなくても、わかっているだろうって気もありますね。
男同士はそれでいいが、小野寺さんにはもどかしかったでしょう。
自分だけわかったつもりでいないでと、僕もよく嫁さんに言われます。
ただ、器用なようでそうでない西垣の気持ちを代弁したくて、長い付き合いの友人として、ひと肌脱ぐつもりできました。
頼まれてもいないのに、おせっかいですが……
小野寺さん、我慢できずに爆発したと言ってましたね。どうしてそうなったのか、西垣に話してやってください」
独り舞台のようにしゃべり続けていたが、最後に私へ訴えるように伝えると、立ちがり、西垣さんを見据えて 「明日までこっちにいるから」 そう言うと常磐さんは帰っていった。
常磐さんの独り舞台に聞き入っていた私たちは、ふたりだけになり間を持て余した。
店に入ってから、会話らしい会話をしていない、話してやってくださいと言われたが何から話せばいいのだろう。
「コーヒー、もう一杯どお?」
「うん……」
「ブレンドでいい?」
「うん」
ブレンドをふたつ……と、西垣さんがカウンターの中へ声をかけた。
「西垣さん、食事は?」
「軽く食べた」
「おなか、すいてるでしょう。パンケーキでも頼みましょうか」
「いい……深雪の話を聞きたい。
深雪が我慢できなくなって爆発するほど、俺は我慢させていたのか」
いつもの二人の会話が戻ってきて、これなら話が出来そうだ。
気持ちを整理しながら彼に伝えようと、話の手順を自分なりに考えていたのに、彼の言葉は心の準備をいともあっさり崩してしまった。