冬夏恋語り
「いろいろ、ごめんなさい」
「そんなことないです」
「さっきからポケットを気にしてるけど、電話に出なくていいの?
里緒菜さんからでしょう?」
「いいんです。彼女とは、もう終ったんで……」
東川さんはそうかもしれないが、彼女はどうだろう。
何度も電話をかけてくるのは、気持ちに区切りがついていない証拠ではないか。
相手に答えを求めても応えてもらえない辛さは私がよく知っている、東川さんに薄情なことはしてほしくない。
「東川さん、お願いです」
「はい?」
「里緒菜さんに、もう一度会って話をしてあげて。諦めただろうって決めつけないで。
私の経験ですけど、別れたい気持ちを言葉にして伝えなきゃ、彼女いつまでも諦めきれないと思うの。 彼女のためにも、東川さんのためにも、そうした方が……上手く言えないけど」
「深雪さんが言いたいことはわかりますよ。
そうした方が、しこりが残らないってことでしょう?」
「そう、そう言いたかったの」
「ふぅ……経験者のアドバイスは貴重ですね。わかりました、ちゃんと話します」
東川さんが年下ということもあるが、初めて会ったときから気負わず接することのできる男性だった。
年上の立場からアドバイスするつもりが言葉につまり、東川さんに逆に意見されることもあるが、それを不快に感じることはなく、言葉を補ってくれた、助けられたと思えるのだった。
「彼女、いい子だけど、思い込みが強いところがあって、付き合ってる時は見えなかった部分が見えてきて、俺には合わないとわかったんです。
深雪さんのことがなくても、いつか別れてたと思います」
「でも、私、里緒菜さんに恨まれてるだろうな」
「もし、彼女がなにか言ってきたら、すぐ俺に知らせてください」
「そっ、そんなこと、あるのかな」
「ないとは言い切れないですね」
「わぁっ……」
また修羅場になるのか、ゾクッとして思わず体を抱え込んだ。
私の様子を変に思ったのか、深雪さん? と東川さんに覗き込まれた。
「だっ、大丈夫。修羅場には慣れてるから」
「はっ? あんなの、慣れるもんじゃありませんよ」
「あはは……そうね」
「そうですよ。何かあったら連絡してください。俺が何とかしますから」
「うわぁ、頼りにしてます、亮君」
冗談のつもりで彼を名前を呼んだのだが、思わぬ反応が返ってきた。
「それ、いいな。俺、名前で呼ばれたほうがいいです」
「えっ?」
「さっきの男にも、名前で呼んでましたね」
「あのときは、彼と同じ名前だったから、つい。
でもね、西垣さんを名前で呼んだことはなかったのよ」
「へぇ、そうなんだ」
やけに嬉しそうな顔をした、東川さん……あらため、亮君は、カップのコーヒーをグッと飲み干し、私の空のカップを取り上げ、2個をまとめてぐしゃっと握りつぶすとゴミ箱に捨てた。
彼の一連の動作が、なんとも気持ちよかった。
合コンの相手から嫌な目に遭わされて散々な夜だと思っていたのに、亮君のおかげで気分も晴れて、このまま帰るのは惜しいな、もう少し彼と話をしていたいけれど……などと、お気楽なことを考えていると、
「帰りますか? カラオケに行きますか?」
「カラオケでお願いします」
「了解」
あっという間に相談がまとまった。
深雪さんの声、もう一度聞きたいと思ってたんです、と嬉しいことを言われて気分良く歩き始めたのだが、浮かれた気分もそこまでだった。
私は騒動を引き寄せる体質なのか、今年は運勢が良くないのか、また厄介事が近づいていた。
ポケットを気にする亮君に、「里緒菜さんでしょう? 電話に出たほうがいいよ」 と、助言したつもりが、その一言が事態を招くきっかけとなった。
『俺だけど……そうだよ……わかったから、また連絡する……えっ、どこ?』
電話の相手は里緒菜さんのようで、次に会う約束をしたのかと思ったら、えっ? と聞き返しながら亮君があたりを探すしぐさをした。
彼の目が止まったのはコンビニの駐車場の奥、里緒菜さんがこちらを見て立っていた。
怒りを背負った彼女は急ぎ足で近づき、声が届く距離になると、いきなり口論になった。
「すっごく探したんだから、おいてくなんてひどい」
「もう会えない、終わりにしようって言っただろう」
「ねぇ、どうして?」
「はぁ……何度も言ったよな。噂を信じて、俺を信じなかったじゃないか」
「それは謝ったじゃない。これからは亮君のこと、絶対疑わない、信じるから。
私の言葉も信じてくれないの?」
「なんだよそれ、先に疑ったのは里緒菜だろう」
「だから謝ったじゃない、許してもくれないの?
それとも、私のこと、嫌いになったから? 理由を言って」
「……ここで言うことじゃない……」
彼は言葉を控えながら、周囲にちらっと視線を走らせた。
気持ちをぶちまけてしまうのは容易いけれど、それをしないのは彼の優しさだ。
コンビニの客が面白そうに見物している前で、興味本位の視線を気にして里緒菜さんへの返事を抑えているのに、彼女にその気遣いは伝わらない。
私はここにいてもいいのだろうかと思うものの、帰りますと言い出すきっかけを失っていた。