冬夏恋語り
口論を止めに入ることもできず、けれど、このままここにいてはいらぬ誤解を生みそうで、気配を消すように小さくなりうつむいていたのだが、いきなり口論に巻き込まれた。
「亮君が変わったのは、その人のせいでしょう」
「えっ?」
「西垣先生がいるでしょう、亮君を誘わないで」
「わたし?」
「そうよ! 亮君を返して」
返すも返さないも、どうしてこんな展開になったのか、西垣さんの名前がなぜ彼女の口からでてきたのか、私には理解できないことばかりだ。
遠巻きに見ている誰かが言ったのだろう 「修羅場だよ。初めて見た、すげぇ……」 と聞こえてきた。
はぁ……まただ。
ここのコンビニからも足が遠のきそうだ。
「やめろ、深雪さんは関係ない」
「みゆきさんって呼んでるんだ……
亮君、この人に騙されたのね。婚約者がいるのに、亮君の気をひいて、私の邪魔をしたんだ。
さっきだって、私が亮君に会うのを知ってたんでしょう。
いつ彼を呼び出したのよ。ひどいじゃない」
取り乱し怒りに満ちた里緒菜さんは、現実と妄想の区別がつかなくなり、思い込みで私を責めてくる。
私を悪者にすることで、亮君の気持ちを取り戻そうとし、彼を想うあまり、私へ激しい言葉を向けてくるのだが、さすがこうまで強い口調で言われるとショックが大きい。
辛くなり、立っていることが苦痛で体がふらついた。
ふらついた体を支えてくれたのは亮君だった。
「呼び出したんじゃない、俺が深雪さんを追いかけたんだ」
「うそ……」
「本当だ」
「どうして」
「深雪さんのことが大事だから……だから追いかけた」
私と里緒菜さんは同時に息をのみ、成り行きを見守っていた周囲からは、ほぉ……と感嘆に近い声が漏れてきた。
「いいぞぉ!」 と掛け声をかける人もいる。
彼が彼女と別れたい理由は私?
私の頭の中に、また疑問が増えた。
唇をかみしめて立っていた里緒菜さんが、突然道路に向かって走り出した。
「駅まで送る」 と亮君が声をかけたが、彼女は振り向かずに道路に立ち、タクシーを拾うために必死になって手を上げている。
ドラマのような場面というのはあるもので、どこからともなくあらわれたタクシーが道路脇に止まり、里緒菜さんを乗せると走り去ったのだった。
大きく肩を落とす彼に近づいた。
今夜は帰りましょうと言うと、そうですねと小声で返事があった。
私たちを遠巻きに見ていた人々は、いつのまにか消えていた。
彼の車に乗ったのは初めてだった。
駅まででいいのよと言ったのだが、家まで送りますと言ってきかない。
遅くなったから小野寺社長にも謝りたいのでと言われ、今何時なのかと時間を確認してびっくりした。
我が家の門限まであと15分、門限に遅れることは必至だった。
「俺のせいですから」
「うぅん、私のせいだから」
「家に電話したほうがいいですよ」
「そうね……あっ!」
「どうしたんですか?」
「電源を落としたままだった。着信記録を見るのがコワイかも」
「お父さん、今夜は怒るんじゃないですか?」
「そうね……急いでも、門限に間に合いそうにないし……のど、乾きません?」
別れ話のあとの疲れを癒すためと、父に怒られる覚悟をするために、道沿いのコンビニに車を止めた。
私は今夜二杯目のカフェラテを、亮君は甘いキャラメルラテを選び、さっきと同じく駐車場のガードに並んで腰掛けた。
『彼女のことが大事だから』
彼が言ったことは本当なのか、それとも、里緒菜さんに諦めさせるために言った偽りなのか。
後者だろうと思いながら、前者だったらどうする? と自分に問いかける。
亮君が私を大事に想ってるとしたら……
「ないない、絶対ない。そんなことない」
「なにが?」
まさか、声に出していたとは思わなかった。
「あっ、口に泡がついてる。これで拭いて」 と関係ないことを口走りながら、必死になってなんでもないと否定する私を見て 「さっきのことですか」 と、彼はいともあっさり言ってのけた。
「大事な人って言ったの、本当です」
「里緒菜さんの前だから、だからそう言ったのよね?」
「いいえ」
「えっ?」
「前から自覚はあったんですけど、彼女に言われてはっきりしました」
「はい?」
「泡、深雪さんの口にもついてますよ」
拭き取ろうとした手を彼につかまれて驚いていると、亮君の顔が近づいてきた。
私の口のカフェラテの泡は、亮君の唇に吸い取られた。
「わっ、生キス初めて見た」
コンビニから出てきた客が、大きな声で叫んだ。