冬夏恋語り


兼人さんが 「こっちにおいで」 と私の背中を押した時だった。 



「待てよ。彼女は俺の連れだけど」


「えっ?」



いつの間に来たのか、私の横に亮君が立っていた。

ものすごい目で兼人さんを睨みつけたあと、私へ厳しい目を向けて腕をつかみグイと引きよせた。



「亮君……」


「ほかの人についていくな、そこで待っててって言ったのに」


「待ってたよ」


「また危ない目にあいたいんですか!」


「そんなことない。ねぇ、聞いて」


「誘われてたでしょう。なんではっきり断らないの」



君は誰だ、と言いながら私たちのあいだに割り込んできた兼人さんを、亮君が突き飛ばした。

彼の乱暴な行動に、私の中の何かが崩れた。



「亮君だって、女の人に誘われてたでしょう。私、見てたのよ」


「何言ってるの?」


「ほかの人についていかないでよ、私が来るまで待っててよ」



叫びながら彼の腕を掴んでいた。

見上げた亮君の顔が滲んで見えたのは、私の目に涙が溜まっていたから。

声がかすれたのは、彼に向かって思いのたけをぶつけたから。


悔しさで唇かみしめ拳を握り締めていると、頭上から名前を呼ぶ声がした。

涙をこらえながら、やっとの思いで顔を上げると……

滲んだ涙越しに、頬を緩ませた亮君の顔が見えた。


笑ってる?

どうして、この状況で笑えるの?


見上げて見つめる私に彼が言った言葉は、さらに不可解だった。



「ちゃんと言えるじゃないですか。もっと早く言って欲しかったな」


「亮君?」


「俺のこと、好きでしょう」


「わあっ、あっ、えっ……」



言葉にならない声を発した私に満足そうな笑みを見せると、私の手をつかんだ亮君はいきなり走り出した。



「深雪、彼のこと、あとで報告しなさいよー」 



ヨーコちゃんの大きな声が飛んできたと同時に、やんやの喝采と拍手が聞こえてきた。

私と亮君の痴話喧嘩のようなやり取りは、そこにいた人々に全て目撃された。

私が大声で亮君をなじったのも、泣きながら彼の腕をつかんだのも、なぜだか私の言葉を聞いた彼が嬉しそうにしたのも、好きでしょうと言われたことも、全部全部、見られていた。

顔が火照ってきたのは、がむしゃらに走ったせいだけではなさそうだ。




友人たちに別れを告げるまもなく連れ出された私は、長いスカートをものともせず走り、駐車場につくと車に乗せられた。

家に向かうはずの車は私の見知らぬ道を走り、行ったことのない場所に行き着き、亮君の手に引かれて彼の部屋に初めて入った。

玄関で靴を脱ぎ、部屋に通されたとたん抱きしめられ、息も忘れるくらいキスにおぼれたことまでは覚えている。


翌朝、目を覚ました私は亮君の腕の中にいた。

朝の明るい光にさらされた部屋には、ふたりの衣服が点在していた。

キスのあとの出来事を思い出そうとするが、記憶が散り散りになり思い出せない。

幸せなぬくもりに包まれ、満たされたのは間違いないのだが……

心地よい時を思い出すために、私はふたたび目を閉じた。



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