冬夏恋語り


『もうすぐ終わります。みんなとお茶するので、少し遅くなります。ゆっくり来てね』


亮君に伝えていた時刻より遅く迎えに来てもらおうとメールしたのに、しばらく待っても返信がない。

いつもなら待たずして返事があるのにどうしたのかな……

不安になりながら何気なく反対側の通りを見ると、 女性と立ち話中の亮君の姿が目に入った。

終わりは11時ごろと告げていたため、時間を見計らって来てくれたのか、それとも、その女性と会う約束をしていたのか。

距離にして数メートル、車が通らなければ話声も聞こえる。

彼女は誰だろうかと、気になり二人の会話に耳をこらした。


話のところどころに 「亮君」 と名前を散りばめながら女性は親しそうに話しかけ、話しながら亮君の腕や肩にさりげなく触れている。

そうされて彼も嫌そうではなく、むしろ嬉しそうにも見えた。

胸のザワつきを覚えたのは、このときだ。

彼は私の恋人でもなければ、特別な人でもない、それなのに、恋人を奪われるような、所有物を取られるような危機感に襲われていた。


ふたりの親しげな様子に動揺していたが、この前のお礼をさせてと熱心に誘う彼女へ、これから彼女と約束があるから……と亮君が断ったことで、私の胸は一応の落ち着きを取り戻した。

『彼女』 って私のことだと思うけど、彼にとってどういう位置づけだろう。

少なくとも、彼の前にいる女性より優先されてるみたいだけど、と嬉しくなり頬が緩んだ。

ところが、ポケットを探っていた彼の手がスマホを取り出し、画面に目を落としたあと「彼女、時間に遅れるみたいだから、30分くらいならいいよ」 と女性に返事をしているではないか。

待って、私はここにいるの! 亮君、行かないで……と呼びかけようとしたとき、「深雪ちゃん」 と背後から声をかけられた。



「兼人さん」


「久しぶりだね。ヨーコに聞いたけど、結婚やめちゃったんだって? 

次は深雪ちゃんの結婚式だと思ってたのに」


「まぁ、いろいろありまして……」



ヨーコちゃんのお兄さんの兼人さんに会ったのはずいぶん久しぶりだったが、昔と変わりなく話しかけられ、私も以前のように気軽に応じていた。

兼人さんの後ろにいる3人が、彼女たちのお目当ての男性だろうか、ヨーコちゃんを中心に話が盛り上がっている。



「彼らは会社の同僚。

ヨーコに紹介してくれって言われて連れてきたんだけど、深雪ちゃんも、一緒にどう?」


「いえ、私は……」


「行こうよ」


「でも……」


「気持ちの切り替えは早いほうがいいって。別れた男のことなんか忘れてさ」



大丈夫です、もう気持ちの整理はできてますから、と言うのだが兼人さんは私が強がっていると思ったのか、彼ら、すごく真面目な男だよ、話をするだけでもいいからさ、帰りはちゃんと送らせる、だから安心して任せてくれと、 熱心な誘いに断りの言葉も通じない。

親しい友人のお兄さんのような、断りにくい相手からの誘いに曖昧な返事しかできないのは、私の悪いところだとわかっている。

わかっていても、断れないものは断れない。

このままでは押し切られてしまう、どうしょう、困った……

このとき自分のことで精一杯で、亮君と女性のことは頭から抜け落ちていた。


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