冬夏恋語り


私に謝った父は咳払いを一つして、背筋を伸ばすと亮君を見据えた。



「だがな」


「わかってます。絶対に幸せにします。約束します」


「うん、それならよし」



父から許しが出て、怒りも収まり、そうなると孫はいつかとそちらへ話が変わる。

検診の結果を見せて予定日を告げる頃には、頬が緩んでいたのだから父の怒りもそこまでだった。

孫の誕生に心を弾ませ、次は結婚式だなと言い出した。

いつ頃がいいだろうと始まり、正月なら親族が集まるからそうするかとか、誰を招待するか、式場の規模や格や場所に至るまで、一人で段取りを立てて走り出すいつもの父が戻ってきた。

母が結婚式よりも先に、東川さんのご両親にご挨拶ですよというのに、式場の予約が先だと言い 「そうだ、式場に空きがないか、西垣君のお姉さんに聞いてみるか」 と、いまにも電話をかけそうな勢いになり、私と母を慌てさせた。

いくらなんでも別れた恋人のお義姉さんに相談するなど非常識だ。

そんなことにも気がつかないほど、父は舞い上がっていたのだった。



「でも、式場を見つけたの、伯父さんだったんでしょう? 

伯母さんが、東川さんのご両親に申し訳なくてって、呆れながら笑って話してくれるんだもの」


「そうなの、スイッチが入っちゃって、方々に問い合わせたみたい。

いくらなんでも新年早々は無理でしょうと思ったのに」


「見つかったのよね、式場。さすが小野寺の伯父さんだって、脩平さんが感心してた」


「和装がいいという父の希望は通らなかったけどね。

妊婦だからドレスはいいけど、着物は辛そうで」


「招待客、相当数になるんでしょう?」


「お正月早々結婚式なんて、お客様も迷惑でしょうけど」


「そんなことないよ。張り切って行くから。お式、楽しみね」


「うん」



急な結婚式で母も大わらわとなり、それでも張り切って準備をしてくれているが、私の結婚に難色を示したのは実は母だった。

妊娠が分かったから結婚するというが、本当に決めていいのかと母に聞かれたときは、何を言っているのかと思った。

どうしてと聞き返すと、しばらく黙っていたが母の気持ちを話してくれた。

妊娠しても流産する可能性もある、そうなったとき結婚を後悔しないのかと問われた。

母の話に父は 「そんことを考えるものじゃない」 と怒ったが、母親らしい心配だと私には理解できた。

妊娠を結婚の理由にして欲しくない、それは、私が亮君にも求めたことだ。

だから母に話をした、亮君に先にプロポーズしてもらっていたということを……

母は 「そう……わかったわ」 と静かに言うと、おめでとうと改めて言葉をかけてくれた。

母親の愛情とは、こんなに深いのかと胸が熱くなった。




「ワイン、開けようか」


「そうね」


「千晶、今夜は満月だよ」


「わぁ、嬉しいわね。お礼、しなくちゃ」



従姉妹夫婦の会話に、私と亮君は首を傾けながら顔を見合わせた。



「満月にロゼワインをかざすと、恋が実るそうよ」


「初めて聞いた」


「去年、私と脩平さんで、ユキちゃんの恋の願掛けをしたの。そのお礼」


「ちいちゃん……」



だからロゼワインを見た二人は微笑んだのか。

二人が願ってくれた私の恋の相手は、西垣さんから亮君に代わったけれど、恋は実った。


奇しくも今夜は満月、こんな幸運があるなんて……

ユキちゃんは妊婦さんだから少しだけね、と少量のロゼが注がれたワイングラスを渡された。

4人でグラスを持ち上げて満月にかかげる。

脩平さんの 「乾杯」 の声にグラスを合わせた。

それぞれが心に言葉を刻んだことだろう。


『幸せを運んでくれてありがとう』


月とワインと従姉妹夫婦に感謝して、ロゼワインをひとくち含んだ。

思わず美味しいと漏らした私に 「一口だけだよ」 と亮君がささやいた。


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