冬夏恋語り
私の体は香りの強いものが苦手になったのか、コーヒーに加えて酸味が香る料理も受け付けなくなった。
最も苦手になったのが煙草の香りだった。
事務所の来客は年配の方が多く、若い人に比べて喫煙率が高い。
応接間には灰皿が置かれているため、煙草を嗜むお客さまは当然のように話のあいだ吸い続ける。
事務所内の副流煙による吐き気と気分の悪さに悩まされる私は、その度に外に避難した。
煙草に顔をしかめる私を見て、四六時中吸っていた父が事務所では吸わなくなった。
そればかりか、服につく煙草の残り香にも敏感に反応するようになった私のために、きっぱりと禁煙した。
あれほど禁煙を勧めても聞く耳を持たなかったのに、深雪のおかげだと母からは感謝された。
以前は、紫煙をくゆらす姿が素敵……などと思っていたのに、いまは喫煙者との接触は極力遠慮したい。
近寄るだけで煙の香りを感じる取るため、お客さまとの話もままならず仕事に支障が出てきた。
見かねた母が、私へしばらくの自宅勤務を提案した。
つわりが収まるまでの措置かと思ったら、出産前まで自宅勤務、その後は育児休暇を取るよう勧められた。
煙草が妊婦に良くないことは分かっているが、お客さまのためにすぐに事務所を禁煙にはできない、それなら私を仕事場から離そうということらしい。
私は自宅勤務と言う名の臨時職となり、代わりに夢ちゃんが正社員になった。
正社員となった夢ちゃんは、今まで以上に仕事熱心となり、わからないことがあれば自宅勤務の私のもとに聞きに来る。
仕事ばかりでなく、ときにはおしゃべりにも付き合ってもらえることから、私にとって自宅勤務は快適な環境だった。
私の結婚が決まったため、例のごとく短大時代の同級生が集まることになり、今回はいつものメンバーに加え亮君も招かれた。
それだけでなく、ヨーコちゃんのお兄さんの兼人さんと、兼人さんのお友達も一緒だ。
今回限りの特別参加が増えたのは、ヨーコちゃんが亮君の話を聞きたいと言い出したからだ。
深雪を私たちの目の前から奪っていった彼は、一体どんな男性か興味があるから、じっくり話を聞きたいというのはわかるが、兼人さんを含め男性3人の参加はどうして? と不思議に思いながらもその日を迎えた。
総勢12人、はじめの乾杯から終わりまで、それは賑やかな会だった。
亮君はヨーコちゃんたちに囲まれて質問攻め、私も兼人さんの横に座らされて 「彼のどこが良かったの?」 など、じんわりと話を向けられた。
双方からの質問で、私と亮君の馴れ初めから今日までを友人たちの前にさらすことになり、最後は 「手に手を取って逃走したのよね。で、お持ち帰りされて、おめでただから」 とからかわれた。
手荒い祝福でしたけど、からかわれるのも親しいからですねというのが、会が終ったあとの亮君の感想だった。