冬夏恋語り


それからというもの、時間を見つけては 『麻生漆器店』 へ立ち寄るようになった。

そうたびたび買うものはないが、「友の会 特別会員」 になったことから、今日も常連の顔で店に入る。

「麻生漆器店 友の会」 特別会員には店内サロン利用の特典があり、いつ訪れても茶菓のサービスを受けられるのだ。

麻生姉妹のお姉さんの愛華さんに愛想よく迎えられ、店の奥のスクリーンで仕切られた会員特等席へ向かった。

恋雪さんは留守か、店内に姿が見えない。

無意識に恋雪さんをさがしたが、特に彼女に関心があるわけではない。

少なくとも、このときまではそうだった。



「こんにちは」



大きな声で先客に挨拶をする。

約束の時刻の30分前というのに、みなさん顔をそろえていた。

年よりはせっかちなのよと愛華さんに耳打ちされ、「ですね」 と返しながら、至近距離の顔にドキリとした。

彼女には、華やかな美人という言葉がぴったり当てはまる。

俺より一つ年上の愛華さんは、離婚して実家に戻ったという経歴も関係しているのか、商店街の旦那方のマドンナ的存在だ。

『麻生漆器店』 には、いつも誰かがいて、茶を飲みながら愛華さんを相手に話し込んでいる。

その中でも常連さんだけが持つ 「麻生漆器店 友の会 特別会員証」 を俺も交付してもらった。

年会費二千円は高そうに思えるが、いつ来ても茶菓のもてなしがあり愛華さんが話し相手になってくれるのだから、決して高くはないだろう。

当初 「友の会」 に年会費はなかったそうだが、毎回お茶が出され、それも凝った手作りの菓子付きであることから、旦那方が相談して 「年会費二千円」 と金額を決めた。

特別会員証は和紙でできており、恋雪さんの達筆な毛筆で会員の名前が記されている。

これだけでもプレミアム感満載だ。

特別会員の交流を通じて商店街のご隠居さんたちと親しくなり、今日は昔の貴重な話を聞かせてもらうことになっていた。



「会長、忙しいのにすみません」


「会長なんて名前だけで、たいした仕事はないからさ。俺でよければ、いくらでも話すよ」


「ありがとうございます」



傘寿の祝いを済ませたばかりという、”ハルさん” こと 「スーパーハルヤ」 会長春山さんが、気さくに応じてくれた。

その横で、くくっと吹き出しているのは、「米澤家具」 の会長 ”ヨネさん” だ。



「ハルさん、大学の先生に話を聞かせるんだって張り切ってさ、原稿まで用意してんだよ」


「いや、その、あれだよ、大学の学生さんの勉強のために話すんだから、ちゃんとした方がいいと思ってさ」


「それにしては気合が入ってるよな。自分が大学で講義するみたいな念の入れようだ」



ヨネさんに続いてハルさんの張り切りを暴露したのは、「宮元電気商会」 の社長 ”ミヤさん”だった。

ハルさん、ヨネさん、ミヤさん、ともに実質の経営は息子の代に譲り、悠々自適な毎日の元気なご隠居たちだ。


郊外に大型店が進出し、この町の商店街も一時は経営の危機にさらされたが、地元の頑張りで商業地区を活性化させている。

昔ながらの付き合いを大事にする商店主たちの気遣いと心意気で、大型店との棲み分けが成り立っているのだと、
地元経済を専門とする大学の同僚が語っていた。

愛華さんと恋雪さんが守っている 「麻生漆器店」 もその一軒だ。

商売だけでなく、地域交流ができるようにと店の一角を提供し、ミニ会議や単発のカルチャースクール、サロンとして使われている。

午後3時以降は、もっぱらご隠居さんたちの集いの場になっているようだが。

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