六本木グラスホッパー


「完璧な夜になりそうだわ」



そう言って満足そうな表情を浮かべながら、彼女は紙煙草に火をつけた。



彼女は、この街で働くホステスだ。
酒を飲みすぎて酔っ払って帰ってくる日がほとんどで、そんな日は化粧も落とさず、ヘアスプレーでガチガチに固めた髪の毛を洗い流すこともせず、派手に着飾ったままの格好で倒れ込むように寝てしまう。



だけれど、今日は0時をちょうど回った頃、いつもよりも早く彼女は家に帰ってきた。
今日は月に一度の公安夜間巡回強化日で、街に人が出歩いていなかったために店に客が入らずに、いつもよりも早く店仕舞したのだという。



あまり酒を飲まないで帰ってきた彼女は、すぐさまバスタブにお湯を溜め一時間ほど入浴すると、その長くて明るい色の髪の毛を乾かしながら顔にパックをはり、全身に美容クリームを念入りに塗ってシンプルな部屋着に着替えた。


化粧をしているときと比べると、素顔の彼女は顔の印象が薄くなるけれど、ボクはそっちの顔のほうがどちらかというと好きだった。


「エージ。あんた、いつまで起きてるのよ?」


毛布に包まってテレビゲームをするボクに向かって彼女は言った。
完璧な夜になりそうだと言っておきながら、歯を磨いた後に煙草を吸ったら意味がないじゃないか、と内心思いつつ、


「明日は学校は休みだよ」


と、ボクは言う。


「ああ、そうだっけ。」


曜日感覚のない彼女は素っ気無く頷いて、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。



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