彼女いない歴が年齢の俺がもうすぐパパになるらしい。

後輩たちが声を揃えて「はい」と返事するのを満足そうに聞き届けると、南は自分に集まる視線を意に介す様子もなく俺に向き直った。


「花嶋先輩、今日も残業ですか?おつかれさまです」


南はこれで何人もの男を落としてきたのだろうと思われるとっておきの笑顔で、俺にだけにっこり笑いかけてくる。魅惑的な笑みの効力で心拍が急に駆け足になった。それを自覚しつつも、落ち着きを装うためにゆっくり口を開く。


「………南こそ、残業か?」
「うーん、残業っていうか。申し訳ないんですけど、すぐそこの給湯室の釣り戸棚、奥に手が届かないからちょっと来てもらってもいいですか?」


俺が返事をするよりも先に以前から南狙いだという鈴木が、「南先輩、そんなの花嶋先輩じゃなくても俺が手伝いますよ!」とすかさず挙手する。

けれどさっきよりも鋭くなった南の目に一瞥されてすごすごと手を下ろした。


「花嶋先輩くらい背が高くないと届かないのっ。先輩、頼みますね?」


有無を言わせぬ調子で言い切られ、仕方なく発注書を確認していた手を止めて南の後について行く。


相変わらず細い腰に見惚れてしまうほどきれいな脚だ。背後から健康的なお色気がそこはかとなく漂う南の後ろ姿を無遠慮に堪能していると、給湯室に入った途端、南は意味ありげな顔をして振り返ってきた。


「……………南、手が届かないってどこだ?」


南は自分で手伝えと言い出したくせに、虚を突かれたように大きな目をさらにおおきく見開いた。


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