星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】
病状が悪化して、
何度も急変を繰り返しながら、
ずっと集中治療室の住人だった理佳。
その理佳が最期に逢いたいからと、
この部屋に戻ってきたのが、
8月に入ってから。
集中治療室に居る時間は、
規則で、家族以外は会うことが叶わない。
幾ら親父が主治医だからと言って、
俺にその権利があるはずもなく、
理佳は……俺に会う為に出て来たのかもしれない。
アイツに逢えて嬉しかった俺自身。
だけど俺の中の俺は、
あの日、理佳が集中治療室を出ることがなければ
もう少し生きられたのかもしれない。
俺がアイツの命を削らせたのかもしれない。
そんな風に感じた。
記憶を辿るようにうやむやな時間を
掘り起こしていく。
途中、冷や汗や頭痛を感じながら。
あの頃の記憶を
感情を掘り返そうとすればするほど、
呼吸が乱れ始める。
息がしづらくなるその状態に、
耐えられなくて少しでも息を取り込みたくて
もがく。
真っ暗になる視界。
「託実、ゆっくりと深呼吸。
最後まで息を吐き出せば、空気は吸えるから」
ゆっくりと声に誘導されるように、
深呼吸を繰り返すと、真っ黒になった視界に景色が戻ってくる。
その指先が脈に触れゆっくりと離れる。
「裕真……兄さん……」
「託実、焦らないんだよ。
向き合うことと焦ることは
決して同じではないよ。
今までもこうして、思い出そうとしては
発作を起こしてきたよね。
自己中毒の誘発を繰り返しても決して何も変わらないよ。
何も変わらなかったでしょ。
そうやって、君自身を縛り続けても
自らの砂地獄から抜け出せないでいる
そんな託実を見て喜ぶ人が何処にいると思うかな?
向き合う覚悟を決めたなら
今まで、自らを縛り続けたものは
全て解放するんだよ。
真っ黒の上に、何を塗ろうとしても
色は乗らないけれど、真っ白なら乗せられる。
縛りと言う黒の淀みを
ゆっくりと磨いて、心が落ち着いたら、
理佳ちゃんが眠り続けたベッドに
託実も休むといいよ」
兄さんの声が優しく降り注ぐ。
俺自身を縛り付けるもの。
罪悪感。
縛り続けるものの正体は
わかっているのに、
その罪悪感を手放すなんて出来ない。
これを手放したら
俺は……アイツに何をしてやれる?
歪み始めた思いの形。
全てを混ぜ込んで落ち着いた、
俺と理佳を繋ぐもの。
心が定まらない。
覚悟を決めたはずなのに。