星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】

22.歪めた罪悪感 -託実-



シーンと静まり返った空間に、
チョキン、チョキンと鋏の金属部分が擦れる音のみが
響いていた。


同じ動作を何度も何度も繰り返すように、
目を閉じて、鋏の開閉のみを行い続ける。



ただ……前に歩き出すために……
残酷なき時期にも思える訣別の時間が
ゆっくりと動き出した現実だけが、
俺を奮い立たせていた。




「託実……。
 いろいろな糸を切っているみたいだね。

 託実は今、何処に居るの?
 どんな些細なことでも構わない。

 私に語ってくれるかな」






鋏の金属音を遮断するかのように、
裕真兄さんの声が俺の聴覚に届いた。




「今、俺が居る場所はこの部屋」

「今、この部屋で何が起こっているの?」




何が起こってる?



俺の脳裏に浮かんでいる今は、
理佳の最期の時間。




「理佳が手を伸ばしてる」

「理佳さんはどんなふうに伸ばしてるの?」





どんなふうに?




理佳の病室には、宝珠姉さんや裕兄さんたちが協力して
作った理佳が作った音楽が流れてて、
アイツが眠るベッドを囲むように、アイツの両親や俺の親父たち、
そして俺たちが居たんだ。



最期の瞬間まで、大好きな人達の傍に居たいって
理佳が望んだから……。



アイツが望んで、
親父はそれを受け入れた。



だから今……、
この場所でアイツは旅立とうとしてる。



「息苦しくなってるのか、荒い息を繰り返しながら
 力なく横たわってるベッドから、何かを探してるみたいに
 アイツの手が宙を浮遊してる。

 俺は……アイツを失うかも知れない現実が怖くて、
 それ手を取れない。

 取ってやれなかった……」




そう……、
その手を握り返すのが出来なかった。


そんなことしたら、本当にアイツがすぐに逝っちまいそうで
アイツの手を握ってやれなかった。




アイツの望みを
叶えてやれなかった俺自身の罪悪感。


アイツは大切な人の傍で旅立ちたいと望んだのに、
傍に居ながら、一人で逝かせた俺自身の罪悪感。

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