星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】


伊舎堂の特別室。

伊舎堂に連なる身内のみが利用することが出来る、
VIP ROOM。

役員棟内の隣にある部屋。

その下にも、伊舎堂の関係者の病室があり下に続くにつれて、
伊舎堂と取引のある財閥専用のVIP ROOMが続いていく。

役員棟は、関係者と医療スタッフ以外は入室できない空間。



中学の時、俺がこの部屋を使わなかったのは
親父の企みが大きかったから。

理佳と関わらせるって言う親父の企み。

隆雪の病室が、本館の一室だったのも
隆雪は、俺の親友であっても、伊舎堂に連なる人間ではなかったから。

それほどに、伊舎堂のVIP ROOMの使用出来る人間は限られてる。



裕兄さんが、この場所に連れて行ったのは
俺と百花のこれからの未来の為。

百花がこの部屋を使うと言うことは、
伊舎堂に連なる一員になると言う意思表示でもあった。


常に財閥の関係者は、世間にさらされる。

それも踏まえて、
警備体制の対策が始まると言うこと。



「百花の件、宜しくお願いします」



深呼吸をした後、深々と頭を下げる。



「わかりました。
 喜多川百花さんの受け入れ準備を進めておきます」


その途端に、政成伯父さんによって電話越しに専属医療スタッフの召喚が行われ
最上階の人の出入りが慌ただしくなった。


「託実、満永夫妻と喜多川会長には
 私たちが責任をもって対応しよう。

 交通事故となると弁護士も必要だろう。
 顧問の高杉君にも連絡しておく」

「お願いします。
 それでは、俺は本館に戻ります」


伯母さんの紅茶を最後まで飲み干して、
席をゆっくりと立つ。

筋は通した。




俺の後、同じように一礼して席を立った裕兄さんと一緒に
手術室の前へと再び戻っていく。



まだ手術は終わっていない。



手術室の近くに用意された家族の待合室ソファーに腰をおろして
祈り続けるしか出来ない俺。

何時到着するかわからない、百花の両親や、
喜多川会長になんて声をかければいいのかもわからない。


理佳に続いて百花も失うかもしれない恐怖が
俺に重くのしかかっていく。

何時の間にか、裕兄さんの姿は俺の隣にはなくて
俺は祈り続けるだけの時間に耐えられず、
一人、屋上へと移動した。


この屋上は、中三の夏。
俺が退院する前日に、理佳と一緒に学院の花火を見上げた場所。


冷たい風が体を突き刺す。



この場所に立った時だけは、
手を伸ばせば、星空に届きそうな錯覚を起こさせる。

どれだけ伸ばして、
俺の指先が星空に触れることすら出来るはずもないのに。



だけど……この場所で、
ボーっと眺める星空を見ているうちに、
理佳が一緒に守ってくれてるような、そんな暖かさを感じた。






理佳……頼むな。

アイツを……
百花を守ってくれよ。 


俺がモモを絶対に幸せにしてやるから。





理佳が旅立った後、
いつもこの場所で星空に手を伸ばしてきた。

俺を満たしてくれる宝物を掴み取りたくて。


Ansyal?
音楽?

地位?名誉?



今なら……その宝が何だったのか
わかるから。




……百花……。

俺が全力で守ってやるから、
俺の指先に触れろ。

それだけで、俺は力を込めて
百花を抱き寄せるから。



理佳が安心して、
モモを俺に託せるくらいに力強く。



アイツの愛した分まで、
幸せにして見せるから。
< 167 / 253 >

この作品をシェア

pagetop