星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】

「何?」

「まずは出掛ける支度をしてほしい。
 向かうのは、クリスタルホテル。
 十夜の管理下にある瑠璃垣のホテルだよ」


言われるままに着替えを済ませて、
地下駐車場の託実の愛車に乗り込むと、
託実はホテルへと車を走らせた。



「百花にも落ち着いたら話そうと思ってたんだけど、
 その前に妊娠がわかったから、負担をかけたくなくて俺が自分の中で止めたんだ。

 8月頃。
 ネット上に、唯ちゃんのプライベート情報が晒されているのを晃穂ちゃんと言う憲の彼女によって
 見つけられた。

 十夜がすぐに動いて、見つけたデーターは削除するようにしていたけど
 いたちごっこで、犯人がわからないまま、時間だけが過ぎていった」

「唯香は、そのこと知ってたの?」

「唯香ちゃんにも話してないよ。
 怖がらせるだけだと思ったから。

 十夜と裕真兄さんに頼んで、唯香ちゃんには警備を付けて貰ってた。

 そこで唯香ちゃんの生活環境に異変があることを知った。

 『土岐悠太(ときゆうた)』、百花はその名前に心当たりある?」


託実の口から紡がれたその名前に、
私は血の気をひく思いがする。



何時だったか……唯香が話してくれた、
唯香の人生の中で、今までにもっとも最低な男(ヤツ)だったと言う名前。


「たっ……託実。
 土岐がどうしたの?」

「百花、その人物は百花が慌てるほど、唯香ちゃんにとってマズイ人物なの?」

「その名前が私が聞いたことがあるやつなら、
 唯香が、隆雪さんに逢う前に自殺しようとしたきっかけ作った存在。

 唯香、土岐と接触してたの?
 一連の事件も、土岐が原因だったの?」


感情が先走って、思わず声を荒げてしまう。


「百花、落ち着いて。
 体に障るから……。

 わかった、唯香ちゃんのフォローは全力でするし
 何があっても守れるようにしておく。

 土岐悠太って奴が、唯香ちゃんにそんなきっかけを作った存在なら
 講師として残しておくわけにも行かないだろう。

 一綺兄さんにも連絡を入れる」


講師として?


もしかして、土岐悠太が今、唯香と同じ職場で働いているってこと?

だから……唯香は、精一杯で私に負担掛けたくなくて
隠し続けてたってこと?



こんな状況で落ち着けって言ったって絶対無理。


イライラを残したまま、クリスタルホテルへと到着した私は
託実と共に、スタッフに案内されるまま、十夜さんがいる部屋へと向かった。



「悪い、遅くなった十夜」

「いらっしゃい、百花ちゃん。
 悪かったな、託実も呼び出して」



そのまま会話モードに突入しそうな二人の会話を割って入るように、
「唯香は?」っと問う。



「今は風呂に入っとる。

 もう時間は随分たってるんやけど、
 天岩戸宜しく、浴室のドアは開かない。
 
 オレの猫も対応に困ってる」


十夜さんの言葉に私は
お風呂場を確認して、その場所へと歩いていく。

そんな私の後を、不安げについてくる託実。


「唯香、ちょっと生きてる?

 アンタ、何時までお風呂入ってるの。

 長風呂もいいけど、
 風呂の中で泣き崩れるくらいなら、
 どうしてもっと早く頼ってこないの」



返事もないままに、男衆を洗面所の前て
浴室の前でシャットダウンして一人、お風呂場のドアを開ける。


濡れている足元には、最善の注意を自分なりに払いながら
ツカツカと入ると、浴室で小さく縮こまってる唯香に
『バカ、唯香』っと声をかけながら、頭を撫でる。


こんなに……思いつめるまで、
本当に馬鹿なんだから。

もっと早く、SOS出してきなよ。

そんな思いを込めて、バスタオルを放り投げて
唯香に手渡すと、そのまま支えるように浴室から起こした。

「ごめん……百花」

唯香はそう言って、頭を下げた。


「いいから、ほらっ。
 託実や十夜さんたちも心配してるから。

 ちゃんと唯香の力になるから、
 着替えて、出ておいで。

 皆待ってるから」


そう言うと、濡れてしまった靴下だけを脱いで
私は浴室の外へと向かった。


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