誘導
先程のサラリーマンのグループの部屋に行きたくないという伊月の気持ちを察したのか、誠は伊月にアイコンタクトで、あの部屋は任せろと言わんばかりにオーダー品を持っていっていた。二階へ上がって右に向かったところの、奥から二番目の部屋だった。部屋を出てすぐ向かいにトイレがあるから便利な部屋だ。誠は例の部屋に、カットトマトやたこわさびを持っていった。
「やっぱりあいつはすげぇな。さっきあの部屋覗いてきたけど、もう馴染んでるよ。」
バイトの先輩が伊月に言った。先輩も社交性があるのは見て取れるし、伊月も人付き合いは下手な方では無いのに、誠のコミュニケーション能力は桁違いだった。口調や喋る早さを相手に合わせ、時に多弁で、時にゆったりと語る。誰からも好かれ、悩みを聞いて欲しいと言う人の列が絶えない訳だった。
「才能なんですかね。」
自分から発された言葉なのに、妙に在り来りな台詞が出た事が何故だか可笑しかった。自分もあの部屋に行ったが、客への対応の違いにここまで差が出ると、羨ましいと思うよりも自責の念に駆られるのだった。
「俺たちも頑張らないとな。」
そう言うと先輩はニッコリと笑い、伊月の肩をポンと叩いた。はい、と伊月が返すと、先輩は軽やかな足取りで厨房の方へ去っていった。
誠は結局、あのサラリーマンの部屋に十分以上は居た。何をしていたのかと聞くと、場を盛り上げたり、歌に合いの手を入れたりと色々としていたらしい。誠からは疲れてるような気配は無く、伊月は関心するばかりだった。先程まで一目惚れはしないと冷たい目で語っていたのが、まるで嘘のようだった。
「あ、客が来たみたいだな。」
店の自動ドアが開く音が聞こえてきた。伊月達のホールでの作業は、カウンター越しでの接客もオーダー品を運ぶのもしなくてはならない。オーダー品が多くて忙しいと、カウンターは無人になり、会計や来店があった時だけ、手が空いているスタッフがカウンターの前に立って接客をするのだ。
「分かった、俺行ってくるわ。」
カクテルを持っていた伊月を見た誠が、そう言うと足早にカウンターに向かっていった。
「おう、頼むわ。」
伊月はそう誠の背中に向かって言うと、踵を返してカクテルを届けに向かった。
客は二人組の、自分達と同じ年代ぐらいの女性だった。片方の女性が、顔が赤く泥酔しているような女性に肩を貸しているようだった。カラオケ店は市街地の目立つ場所にあるからか、居酒屋やバーで酒を飲んでからカラオケを利用する客が多い。彼女達もその類だろう。よく見ると肩を貸している方の女性も、ほのかに顔がピンク掛かっていた。
肩を貸している女性は壁際にある椅子に泥酔している女性を寝かせると、そそくさとカウンターの前に戻り、会員カードを誠に見せた。会員カードはグループの中の一人でも持っているとカラオケを利用できるから大人数で使うにも便利だった。
「おい、伊月。二十二番席にこれを持って行ってくれ。」
「あ、はい。」
不意に先輩から声を掛けられ、おしぼりを三つ渡された。会計前に手を拭いて帰るのだろうか。いや、そんな事は彼にとってはどうでも良かった。あの女性に対して接客をしている誠の様子が、少しぎこちなく感じたのが伊月の胸に突っかかっていた。会員カードには裏面に名前が書いてある。伊月には、誠が彼女の名前を凝視しているように見えた。
もしかすると、これが彼の”一目惚れ”ではないのだろうか。伊月は接客をする誠の表情と、彼女のピンク色に染まっている顔を思い返しながら、二十二番席へ向かった。
「やっぱりあいつはすげぇな。さっきあの部屋覗いてきたけど、もう馴染んでるよ。」
バイトの先輩が伊月に言った。先輩も社交性があるのは見て取れるし、伊月も人付き合いは下手な方では無いのに、誠のコミュニケーション能力は桁違いだった。口調や喋る早さを相手に合わせ、時に多弁で、時にゆったりと語る。誰からも好かれ、悩みを聞いて欲しいと言う人の列が絶えない訳だった。
「才能なんですかね。」
自分から発された言葉なのに、妙に在り来りな台詞が出た事が何故だか可笑しかった。自分もあの部屋に行ったが、客への対応の違いにここまで差が出ると、羨ましいと思うよりも自責の念に駆られるのだった。
「俺たちも頑張らないとな。」
そう言うと先輩はニッコリと笑い、伊月の肩をポンと叩いた。はい、と伊月が返すと、先輩は軽やかな足取りで厨房の方へ去っていった。
誠は結局、あのサラリーマンの部屋に十分以上は居た。何をしていたのかと聞くと、場を盛り上げたり、歌に合いの手を入れたりと色々としていたらしい。誠からは疲れてるような気配は無く、伊月は関心するばかりだった。先程まで一目惚れはしないと冷たい目で語っていたのが、まるで嘘のようだった。
「あ、客が来たみたいだな。」
店の自動ドアが開く音が聞こえてきた。伊月達のホールでの作業は、カウンター越しでの接客もオーダー品を運ぶのもしなくてはならない。オーダー品が多くて忙しいと、カウンターは無人になり、会計や来店があった時だけ、手が空いているスタッフがカウンターの前に立って接客をするのだ。
「分かった、俺行ってくるわ。」
カクテルを持っていた伊月を見た誠が、そう言うと足早にカウンターに向かっていった。
「おう、頼むわ。」
伊月はそう誠の背中に向かって言うと、踵を返してカクテルを届けに向かった。
客は二人組の、自分達と同じ年代ぐらいの女性だった。片方の女性が、顔が赤く泥酔しているような女性に肩を貸しているようだった。カラオケ店は市街地の目立つ場所にあるからか、居酒屋やバーで酒を飲んでからカラオケを利用する客が多い。彼女達もその類だろう。よく見ると肩を貸している方の女性も、ほのかに顔がピンク掛かっていた。
肩を貸している女性は壁際にある椅子に泥酔している女性を寝かせると、そそくさとカウンターの前に戻り、会員カードを誠に見せた。会員カードはグループの中の一人でも持っているとカラオケを利用できるから大人数で使うにも便利だった。
「おい、伊月。二十二番席にこれを持って行ってくれ。」
「あ、はい。」
不意に先輩から声を掛けられ、おしぼりを三つ渡された。会計前に手を拭いて帰るのだろうか。いや、そんな事は彼にとってはどうでも良かった。あの女性に対して接客をしている誠の様子が、少しぎこちなく感じたのが伊月の胸に突っかかっていた。会員カードには裏面に名前が書いてある。伊月には、誠が彼女の名前を凝視しているように見えた。
もしかすると、これが彼の”一目惚れ”ではないのだろうか。伊月は接客をする誠の表情と、彼女のピンク色に染まっている顔を思い返しながら、二十二番席へ向かった。