誘導
誠は、次第に人と関わるのが嫌になっていった。何故、好きな人に会えない日々を強いられているのか、意味が分からなかった。

バイトのシフトは極端に減らした。前が馬鹿みたいに働いていたのだ。深夜のバイトだから学生にしては月収は多いし、貯金も周りの人よりしているという自負が誠にはあった。大学も必要な単位は全て取っている。授業を何コマか休もうが、何の支障もない。学校やバイトなど、何かに拘束されるという事に嫌悪感が湧いてきた。今築いている人間関係を、全てシャットアウトして叶の胸に飛び込みたかった。

嘗ては友人と呼んでいた人間にも、バイトの先輩にも会いたくなかった。例に漏れず伊月にも同様の想いを抱いた。何故だか、生きている事自体に意義を見出せなくなっているようだった。恋というものはこんなにも辛いものなのだろうか。会いたくても会えない異性に対して好意を抱く事は、何かの罰なのだろうか。そう思える程に、胸は軋むように痛むばかりだった。

同じ大学にもし叶が居たら、迷う事無く大学へ足を踏み入れていただろう。叶は、他の女のように、相談を持ちかけてくれるだろうか。親身になって、誰よりも傍で話を聞いてやりたかった。夜が明けるまで過去を、これからの夢を語り合う…。そうすれば、会うことが出来なかった時間は埋められる、根拠も無い自信があった。


そんなある日、叶はバイト先のカラオケ店へやって来た。厨房から出て彼女の姿を見た時、涙が出そうな程感動してしまった。先輩や伊月に先を越されたくなかった。誠は、カウンターへ急いだ。伊月に好意を察されぬよう、出来るだけゆっくりと。だが、彼女に近付くにつれ、心臓は高鳴っていくばかりだった。

長い間出掛けていた妻を迎え入れえる夫のように、自分が彼女を接客をする事に対して使命感のようなものがあった。その役目は、伊月や先輩のような赤の他人は、彼女と自分だけの世界には必要ない。

叶は、前一緒に来ていた泥酔女と一緒に来ていた。カウンター越しに向かい合った時、叶から光が広がっていくかのように、世界がワントーン明るくなった。

「あ、この前は彼女を運んでくれてありがとうございました。」

そう言うと、叶は軽く頭を下げ、屈託のない笑みを零した。幸せへ誘うかのように、笑窪が誠を覗いた。

「あ…、私、全然覚えては居ないんですけど…。わざわざおんぶして運んでくださってありがとうございます。」

連れの女が叶に続いて礼をしてきたが、特に何とも思わなかった。輝きを放っているのは、叶だけだ。例えるなら、ダイヤとガラスのように二人の存在価値は、誠にとっては一目瞭然だった。何故自分が惹かれたのは叶なのか、そんな事はどうでも良かった。自分が彼女に惹かれたのは宿命なのだ。誠には彼女を一生愛せる自信があった。

「いえ、仕方が無いですよ…。」

顔が熱い。顔が赤らめいているのが自分でも分かった。結局、まるで酔った様に、呂律も無駄に回らずに彼女を席に案内しただけだった。彼女は自分だけを狂わせる、特別な魔力を持っているようだった。

誠は家に帰っても、彼女の事が頭から離れなかった。午前二時に退勤した誠よりも帰るのが遅いという事は、おそらく朝まで歌い耽るのだろう。こんな時間に終電は通っていない。カラオケの一室を寝床として使う客もいるのだ。フリータイムで取ってしまえば予算は千円弱だ。安上がりで済むだろう。

叶のフリルのシャツに、太ももを包んだ白のサルエルパンツ。有り触れた大学生のコーディネイトなのに、思い出すだけで誠の股間は熱くなり、小さく脈を打つのだった。フリルのシャツに包まれた胸は、程良く膨らんでいた。きめ細かな肌をしている叶の乳房は、弾力があって綺麗な形をしているだろう…。誠はそんな妄想に耽り、毎晩のようにマスターベーションを繰り返した。

今の誠には、考える時間は大いにあった。
考える時間が有り過ぎて、考えが歪んでいくのも、もう止める事が出来なかった。
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