梅花の軌跡
何も言い返せないような近藤さんの瞳。土方さんはその瞳をしばらく見つめ、だーっと言いながら自分の頭をワシャワシャと掻く。
「わーったよ!平助が負けなければいいんだし。でもかっちゃん。こんな異常な女を信じれるのか?」
あたしは誰がどこから見てもおかしいところがある。未来から来たのだからしょうがないが、着ている物や持ち物はこの時代には存在するはずがない。
「大丈夫だろう。勘だがな」
ガッハッハと笑う近藤さん。
あたしのこと信じてくれるのかな…倒れていたところを助けてもらい、得体の知れない自分を布団にまで寝かせてくれた。正体を隠したままでいるのは気が引ける。
「最後にひとつ」
近藤さんは再度ふすまに手をかけながらまたあたしに問う。
「君の名前を教えてくれるかな?」
あたしは、はっとした。
あたしまだ名乗ってなかったの!?
「すみません!あたし小梅です!立花小梅!」
「小梅…?」
口を開いたのは近藤さんではなく土方さんだった。
「トシは梅の花が好きだからな。反応したのだろう」
そういえばお母さんにその話も聞いたことあるな。
「じゃあ今度こそ部屋に戻るよ。明日を楽しみにしているね、小梅」
今度こそ近藤さんは部屋を出て行き、あたしは土方さんと2人きりになる。
「土方さんて梅好きなんですね」
確か好きで、豊玉俳句集を作るんだよね。
あたしは豊玉俳句集を読んだことがあったが、あえて言うのはやめた。いつ俳句を作り出したか分からないし、もしすでに作っていたとしてもあたしががそのことを知っているのは怪しい。
「まぁな。」
土方さんは否定しなかった。
「じゃあ寝るか」
「え」
「なんだ?」
そういえば近藤さんは出て行ったのになんで土方さんは出て行かないんだろう。
「あ、言うの忘れてたが、部屋にあまりがなくてお前この部屋で俺と一緒に寝なきゃいけないぞ」
あたしは唖然とする。男子と付き合ったこともないのだから、手を繋いだりとか、一緒に寝るとかしたことがあるはずがなかった。
「いやいやいや…」
「心配するな。お前みたいなガキには手は出さん。」
土方さんはそう言いながらせっせと自分の布団を用意する。あたしはそんな土方に怒りながら視界に入ったあるものに気をとられた。
「あれって…」
あれあたしが試合の帰りに持ってたやつだ…
「ん?あぁ、お前が持っていたものだ」
なんか入ってるのか?とあたしにエナメルバックを渡す土方さん。あたしはバックの中を見る。
中にはテーピング、風邪薬、財布にケータイ。手帳や、アクエリの飲みかけ。試合に持って行ったものが入っていた。
その中から手帳を取り出す。手帳には数枚の写真が入っていた。
一枚は親友の美波と一緒に写っている写真。高校に入学するときに撮ったものだ。初めて着たブレザーにチェックのスカート。写真の中のあたしと美波は肩を組んで笑っていた。