もうひとつのエトワール


「んじゃ菜穂、あとはよろしく」


後ろ手に軽く手を振った棗に、こちらも手を振り返そうとして大事なことを思い出した。


「あっ、そうだ棗」


扉を開けて真希にレディーファーストをしていた棗が、顔だけでこちらを振り返る。


「明日って定休日だったよね」

「そうだけど、何かあるのか?」

「いや別に、ちょっとした用事」


何でもないことのように言って、再び計算機に視線を落とした菜穂の耳に「へーえ」とおもしろがるような棗の声が聞こえた。


「彰良さんによろしくな」


棗の言い逃げを後押しするように、扉がカランカランと音を立てて閉まった。
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