CHECKMATE
ホテルを出た時には、既に日が変わろうとしていた。
夜風がヒューっと吹き抜け、夏桜の長い髪がふわっと揺れる。
シフォンのブラウスの上に薄手のカーディガンを羽織っているだけの夏桜は、ほんの少し肌寒さを感じ腕をさする。
すると、ジャケットを手にしていた千葉は、無言で夏桜の肩に自分のジャケットを掛けた。
「っ………、ありがと」
「俺の方こそ、礼を言わないと………サンキューな。俺が全部支払っても良かったのに」
「それじゃあ、意味がないじゃない」
「ん?…………何の意味?」
カーディガンの袖口を捲った夏桜は、腕時計で時間を確認した。
「3分あるわね」
「…………ん?」
夏桜が何を言いたいのか分からない千葉は、小首を傾げた。
すると、夏桜は満面の笑みでこう告げた。
「お誕生日おめでとうございます」
「あ」
「あまりに忙しすぎて、すっかり忘れてたでしょ」
「……………ん」
「毎日気を遣ってくれてありがとうございます」
夏桜は深々と頭を下げた。
「俺の誕生日、誰に聞いたんだ?………もしかして、猛?」
「………ん、ここも彼に教わったの。仕事上がりにデートするなら、ここがいいって」
「ったく、猛のヤツ……」
「私の誕生日を祝ってくれた御礼も兼ねてだから、気にしないでね」
「…………ありがとな」
恋人でも家族でも親友でもない。
関係性を説明するのは難しいだけに、物理的にプレゼントを用意するのはちょっとハードルが高過ぎて。
だからと言って、いつもと同じように食事をするだけじゃ物足りないような。
悩みに悩んだ結果がコレだった。
「じゃあ、来年の誕生日はナイトクルージングでもするか?」
「へ?」
「今から考えないとな」
冗談で言った何気ない一言なのかもしれない。
いや、そうに違いない。
けれど『来年』という言葉が、心に何重も掛けた鍵を一瞬で取り壊して行った。