夢のような恋だった


 智くんとの和解に、ようやく心が落ち着いたと感じた翌日、仕事場での空気の変化を感じた。

私が入ってきた途端に、事務所の会話がピタリと止まる。


「……? おはようございます」

「あ、おはようございまーす」


話しかければ普通に返事が来る。
でもタイムカードを押すために背中を向けた途端、小さなささやき声だけで会話する社員さんたちの態度に、ひどく居心地が悪くなる。

昨日は智くんと帰ったのを見られているし、加えて頬のあざはお化粧では隠しきれなかった。

何かあったと思われているのだろう。
それは自然なことだから仕方ない。


「おはよう、葉山さん」


俯いてエプロンをつけている私に話しかけてきたのは中牧さんだ。

何か言われるかも、という恐怖はあったけど自分から尻込みしていても仕方ない。
出来る限りの笑顔で答えた。


「中牧さん、おはようございます」

「どうしたの、ほっぺ」

「転んでしまって」

「ふうん。昨日の彼に叩かれたんじゃないの? まさか、彼氏と二股してた?」


口元が意地悪く歪む。
悪意があるときって、人の顔が醜く見えるんだ。


「そんなことしてません」


それだけは違いますと睨むようにして言い返すと、中牧さんは「へぇ」と鼻を鳴らして続ける。

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