男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「もう正確なタイミングなんて忘れたが、おそらく2,3年前のニュースか何かだな。"なんで気づいたか"、か。…簡単だ。それこそ所作(しょさ)の話で、これはやはり昨日今日で身に付くものじゃない。だが、【姫野さんの式典に対する場慣れ】は相当なものだ。いくら常務秘書とはいえ、我が社の記念行事だってあって…年に数回だ。そんな中で、"自然に振る舞えるんだから【経験者】なんだろう"と…まずは考える。」

「確かに、【経験者】だろうとは思ってたけど…だからって〔Queen(クイーン) Field(フィールド)〕と結び付くか?」

朝日奈課長は、まだまだ腑に落ちていないみたい。

「…あぁ。"そういうこと"なのか?…でも、まさかな…。」

一方、堤課長は確信が持てないものの…見当は付いたみたい。

「いや?(しゅう)、合ってると思うぞ?お前の解釈で。(けい)、〔Queen Field〕を訳してみろよ。」

「…えっ?『クイーン』…"女王"の…『フィールド』…"野原"?……あ~ぁ!」

「そう。【queen】を【princess(プリンセス)】の意味で解釈すると、"Queen"プラス"Field"で“姫野”になるってわけだ。」

「ふふっ。」

「それにしても…。〔OQF〕の令嬢が、うちの会社に居たとは…。」

ちなみに、〔Office Queen Field(オフィス クイーン フィールド)〕は〔OQF(オー・キュー・エフ)〕の呼び名で親しまれており、ここで作られる衣服やインテリア雑貨は〔OQFブランド〕と呼ばれている。

「はは、驚きますよね…。でも私は、チヤホヤされることや“お金や地位や名誉が目的で近づいてくる人”は男女問わず(いや)ですね。“私”自身を見てくれてはいないので…。」

「察しましたよ、姫野さんの言いたいこと…。俺たちの身近では昴や“鳴海先輩”があなたと同じ境遇でしたから慣れてます。だから俺たちは、“上司と部下”として…あなたに"普通"に接します。」

堤課長……。ありがとうございます。

「そうですよ、だから俺たちには余分な気なんか遣わなくていいですよ。きっと…。こうなることを予測して、“コイツ”はあなたが〔営業(ここ)〕に挨拶と見学を兼ねて来た日に…俺たちのことを紹介したんだと思うし。」

朝日奈課長が「“コイツ”。」と言って視線を向けている先に居るのは…もちろん本条課長だ。

「俺は、“あなたがおそらく安心できるだろうと思える人間”しか基本的には紹介しない。だが、俺も万能じゃない。“身の危険を感じるほど怖い人”が現れたりしたら、遠慮なく言いに来るといい。」

「ありがとうございます、本条課長。」

こうして、思わぬ形で私が〔Office Queen Field〕の社長令嬢だと明かすことになったけど…その後は、私の【〈PTSD〉のことを打ち明けるための飲み会】の話になっていく。

「…そういや、昴。【姫野さんとの飲み会】って、結局いつにするって言った?」

(けい)。それはまだ決まってない。まったく、またメールしっかり読んでないだろ。」

朝日奈課長の問いに、堤課長が若干呆れ顔で答えていた。

「姫野さん、次の定期受診はいつか聞いても差し障りないか?」

「明日の仕事終わりに、“渚先生”と“忍先生”のところに伺うことになっているので…今週金曜日にするか来週金曜日にするか相談してきますね。」

「…だそうだ、2人とも。…姫野さん。俺と区別するのに名前で呼んでくれたんだろうが、今は普段通り“本条先生”でいいぞ。兄さんの話題か、自分の話題かぐらい分かるから。それから、今ここに居ないメンバーも含めて…全員、今週も来週も金曜日は空いてるらしいから…また姉さんとの相談結果を教えてくれれば。」

「はい。」

本条課長の言う通り、彼と区別するために彼のお姉様とお兄様を名前で呼んだけれど、要らぬ心配だったみたい。

「…ん?“渚さん”と“忍さん”のとこ?…あー。なるほど。」

「…思っていたより、【デリケートな問題】のようですね。」

「お察しいただきありがとうございます。朝日奈課長、堤課長。」

会話が一区切りしたなと思っていると、他の社員も続々と出勤してくる時刻になっていた。


**


今日も昨日に引き続き、事務作業や電話対応など…自分の【今できる最大限のパフォーマンス】を発揮し、業務にあたっていた。

午前10時30分、就業開始から2時間が経過した頃ーー。

プルルルルル…。

1回のコールが長い…外線ね。

右隣の観月くんを見れば、他の人がこの電話に出るのを止めていて、私に出るようにとジェスチャーをしてきた。

〔営業1課〕に異動してきてから私が受けた電話は、昨日のニューヨーク支社のスミスさんからのものを除き、全て内線電話だった。
というのも。「今日は内線だけ取って下さい。」という、“指導係の観月くん”からの指示があったからだ。

今日は、営業の電話対応のスキルを見たいらしい。

その意図を理解した私は、2コール目で即座に電話に出る。
【3コール以上待たせてはいけない】という電話対応の基本があるから、普段の私なら一瞬で出るけれど…今の私は“営業1課の新人”。“指導係”の指示は何よりも優先度が高い。

「はい、お電話ありがとうございます。〔(株)Platina(プラチナ) Computer(コンピューター)〕、〔開発営業部 営業1課〕の姫野でございます。」

「{あれ?姫野さん?…あぁ、そうか。4月から〔営業1課〕だったね。}」

この声…本条先生!

「はい、お世話になっております。」

「{ゴホン。お世話になっております、[新宿南総合病院]の本条です。3ヶ月に1度のコンピューターのメンテナンスの日程をご相談させていただきたく、ご連絡したのですが、課長の本条さんにお繋ぎいただけますか?}」

課長のデスクを見れば、他の電話対応中だった。

「申し訳ございません。本条は、ただいま他の電話に出ておりまして…。」と言いながら、私は受話器を耳と肩で支えつつ…メモで観月くんに電話の内容を伝える。

すると、走り書きのメモがスッと視界に入ってきた。

―本条先生もお忙しいので、折り返すにしても
また1から説明してもらうのは手間です。
メンテ訪問の、先方の希望日時を聞いて下さい。
それと、無ければいいですが…不具合が無いか聞いて下さい。
(PCの動きが遅い等。)
先方が言う不具合の症状は、復唱して下さい。
症状次第で次の指示を出します。―

「――このままお待ちいただく形ですと、もうしばらくお時間を頂戴します。」

「{あぁ、そうか。どうしようかな…。}」

「よろしければ伝言を承りますが…。」

「{…じゃあ、伝言をお願いします。…こちらのメンテナンスの希望日時は、来週の水曜日か…再来週の水曜日かもしくは金曜日の14時からお願いしたいとお伝え下さい。}」

「メンテナンスのご希望のお日にちが、来週11日の水曜日。もしくは再来週18日の水曜日か20日の金曜日、お時間はいずれも14時でございますね。(かしこ)まりました、申し伝えます。」

「{それと。昨日うちの内科の看護師が患者の電子カルテのデータを飛ばす?…で、伝わりますか?}」
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