男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「はは。サンキュー、姉さん。……やっぱり、そう見えたか?」

姉さんにそう問い掛けつつ、俺は先ほど点けたルームライトを消した。

「最後の"アレ"は、“女の顔”でしょー。あんたに『また会いたいです。』って言いたかったんじゃないかしら…。ただ。今日の話を聞いて察したと思うけど、彼女はいろんなものを抱えてる。男性関連のこと、そのことも含めた〈PTSD〉のこと、家のこと…。雅ちゃんは、男性にも女性にも二度三度と裏切られてる。だから怖いし、不安で迷ったんだと思うのよ。あんたと関わって、"親しくなってからまた裏切られるんじゃないか"って…。それでとっさに無かったことにして誤魔化しちゃったんだと思うのよね。」

「性犯罪や同性からの過度な嫌がらせがこれだけ続けば【裏切られる】のは怖いさ……。」

瞬間的に“4年前ぐらいに別れた女”の顔が脳裏を(かす)め、嫌な記憶が(よみがえ)る。
それを追い出すために、俺は前方の遠いところを見つめながらそう答えた。

「まぁ。本人が言ったわけじゃないから、あくまで私の憶測だし…鵜呑(うの)みにしないでほしいんだけど。…ただ一つ確実に言えるのは、【雅ちゃんはあんたのことを信頼してるし、嫌ってはいない】ってことかな…。昴?どうかし……あっ、もしかして。“間宮さん”のこと思い出させた?…だったら、ごめん。」

「姉さんらしくないな、火に油注いでるぞ。奈緒子(なおこ)とは“仕事のパートナー”としての関係で終わらせとけば良かったんだろうな。…まぁ。もう、奈緒子の話はどうでもいいよ。……それで?何だよ、続きは。」

「あぁ、ごめん。しばらくは普通に【人付き合い】しながら様子見なさい。本気であればあるほどね。そのうち、あんたなら分かるわ。今は【雅ちゃんからのアクションを待つ時】とか【自分からアクションを起こす時】ってね。……あんたの【雅ちゃんに対しての本気】は今日受け取ったつもりよ。大事なら、耐えなさい。ゆっくり進めなきゃ…彼女は口説けない。」

「あぁ。……さて、出発するか。」


――ヴッ。

ハンドルのすぐ横に固定してあるスマホスタンドの上に置かれた"それ"が震えた。

…ん? トーク通知だな。
あぁ、姫野さんか…。



――――
[姫野 雅]
本条課長、今日は本当にありがとうございました。
それから、ご馳走様でした。
ちゃんとお礼をさせて下さいね。
あと、先ほどの"別れ際"は失礼致しました。

それと、"【落ち葉】を連想するあの曲"を
弾いて下さったので、とても癒されました。

渚さんを送ってからですと、【午前様】になりますよね。
どうか、お気をつけてお帰り下さい。

課長の運転、とても紳士的で安心して乗っていられました。

課長も、ご帰宅後はゆっくりお休み下さい。

おやすみなさい。
――――

フッ。律儀だな、本当に。

顔を上げて、マンションを見れば……
先ほどまで暗かった3階左の角部屋に、明かりが点いていた。

「姉さん、もう少し待ってくれ。」

「構わないわよ。」

――――
[本条 昴]
こちらこそ、今日はありがとう。
よく頑張ったな。
"別れ際"に慌てていたのは、気にしなくていい。

いろんな意味で疲れただろうから、ゆっくり休んで。
あんな(つたな)い演奏でも癒されたなら良かったよ。
姫野さんの演奏も、心にグッとくるものがあった。ありがとう。

安全運転で帰るよ、お気遣いありがとう。
運転、褒めてくれて光栄だ…嬉しいよ。

おやすみ。
――――

「悪い。姉さん、待たせた。…出すぞ。」

「お願い。」

俺は再びアクセルを踏み…ゆっくりと車を発進させ、もう一度新宿方面へ来た道を戻る。

「11時15分か…。まぁ、姉さんとこには35分ぐらいには着くな。…悪かったな、当初は途中で帰るって話だったのに…。」

「それは気にしなーい。途中で帰ったら、私が“奏士(そうし)くん”や花純(かすみ)に『何で途中で帰ってきたの!!』って怒られちゃう。『"途中でやめたらダメ!"って保育園の先生が言ってるよ。』って言われちゃうわ。それに、“奏士(そうし)くん”が『良い。』って言ったんだからいいのよ、今日は。」

「はは。やっぱり“ママ”と保育園の先生は偉大なんだな。ありがとう。」


――ヴッ。

「あっ、雅ちゃんだわ。」

「なんて?」

「『今日は本当にありがとうございました。』っていうのと、『[infini(アンフィニ)]がお気に入りになりました。』って。雅ちゃんを、あんたと(りつ)くんに取られたみたいな気分になって…何かイヤなんだけど。」

「なんだそれ……。」


そんな会話をしながら姉さんを彼女の自宅まで送り届けて、俺も帰路に就いた。

日を跨いでの帰宅になるかと思われたが、そうはならず…ささっと入浴を済ませた。
その後は珍しく、仕事には手を付けずに寝室へ向い、ベッドへ入るとすぐに眠りへと(いざな)われていった――。

**

翌日の14日は、花純(かすみ)からの「あそぼー!」というモーニングコールで起こされ、白石家のピクニックに終日付き合うことになった。
(きょう)のサッカーの相手をし、花純と花を見て「きれいだねー。」と言いながら話し相手をしてやる。

そんな休日も定期的に過ごしているが、これはこれで悪くない。

結局、(きょう)花純(かすみ)が俺から離れず、自宅に戻れたのは午後9時頃だった。


**

――そして、4月15日。

昼前に、我が社の商品を取り扱っている直営店の店員や直属の部下からの【急ぎの発注】の相談があったが、昼食を摂ってからはゆっくりと読書をしていた。

時刻は午後2時――。


――ヴッ。

…ん? 鈴原が俺に連絡なんて珍しいな…。

――――
[鈴原 柚奈]
「送って。」って言われたから送りますけど、これでいいですか?
――――

そう書かれたメッセージの下には、おそらくこれを作っている時の鈴原の姿を映した写真と、完成したクッキーの写真も送られてきている。

あぁ。なるほど、そういうことか…。
しかも、この言い回しから推測するに…ちょっと()ねてるだろ。

…ったく、“好きな女”をからかって楽しむって、小学生かよ。“あの人”は…。

――――
[本条 昴]
鈴原、送る相手…間違えてないか?
“鳴海さん”に送るんだろう?
――――

そう送ってやると、すぐに慌てている様子を伝える言葉と謝罪の言葉が返信されてきた。

そして、それで終わりかと思いきや……
鈴原と立花さんと“初めて見る女性”が映る写真が送られてきて、すぐあとに『私と立花さんと、もう1人の女の子は姫ちゃんの妹さんです。』と説明書きが追加で送られてきた。

ちなみに、姫野さん本人は「映りたくない。」と言って“カメラマン”に徹していて、絶対に撮らせてくれないらしい。

俺も“姫野さん側”の考え方をするから、気持ち分かるな……。


お祝いメッセージを…どういうきっかけで送ろうか迷っていたが、鈴原が間違えてメッセージを送ってきたこの【事実】と【タイミング】を使わせてもらえば自然な流れになるだろうか?

鈴原が「間違えてメッセージ送っちゃった!」ぐらいは話していそうだし…。


――――
[本条 昴]
姫野さん、誕生日おめでとう。
良い休日を過ごして。
――――

――――
[姫野 雅]
本条課長!?
ありがとうございます。(^_^)
柚ちゃんと…今やり取りしてたのは作業しながら
小耳に挟んで聞いてますけど…
まさか私にメッセージを下さると思ってなかったので
ビックリしました!
女子会楽しんでます!(^_^)
――――

フッ。驚いてるな。
良い日を過ごしているようで、よかったよ。

この文面から想像するに、きっと彼女は今…幸せそうに笑っているに違いない。
メッセージから推測できる範囲のことしか分からないが……。
【好きな女が幸せそうに笑っている】、これを思い浮かべただけで……俺まで心が穏やかになる。

"幸せのお(すそ)分け"をしてもらえた、日曜の穏やかな昼下がりだった――。
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