男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「立花さん、わざわざ“鳴海先輩”や(けい)と別に作っていただいたんですか?…ありがとうございます。」

堤課長が立花さんにお礼を言う。

「いえ、とんでもないです。私は【お2人が好きなもの】というよりも【嫌いではないだろうと思うもの】をご用意しただけですので、お好みではないかもしれません。」

「いや、そんなことはない。砂糖を控えめにしてくれているのは一目瞭然だし、【抹茶】のチョイスもありがたい。」

堤課長に続いて、本条課長も【口角だけを上げる笑み】とともに、そんな言葉を口にした。

「でも…"上"には"上"が居ました。姫野さんには本当に感心します。」

立花さん…。
そんな…【イタズラを仕掛けようとする子供みたいな顔】、見せないで下さいよー。

私が渡す時のハードル、上がっちゃうじゃないですか!

「た、立花さんっ!ハードル上げないで下さーい!」

「えっ、そんな風に言われると期待が膨らむんだけど……。」

朝日奈課長、期待しすぎです!

「…(けい)。やめろよ、(あお)るような言い方は。今のは立花さんだから姫野さんも緊張せずにノリ良く返せただけだ。『期待が膨らむ。』なんて、関係が浅い人間から言われたらプレッシャーに感じることだってある。本当にお前は…。急に距離を詰めすぎだ。」

本条課長と堤課長が、同時にそう言う。
お2人が思っているほど戸惑ってはないですが、ありがとうございます。

「さすがに(しゅう)も掴んできたね、姫野さんとの距離感。……さて。とりあえず受け取ろうよ、姫野さんからのお菓子も。」

「そうですね。お渡ししますね、鳴海部長。……私が作ったのはパウンドケーキです。部長と朝日奈課長にはプレーンのパウンドケーキで――。」

そんな説明を部長たちにしていると――。

「おはようございまーす。」

「おはようございます。」

観月くん、桜葉くん、津田くんも入ってきた。

「あっ、ちょうど観月くんたちも出勤してきた!…3人にも差し入れよ。クッキーは、いつものように鈴原さんから。ラスクは私からよ。」

「えっ、良いんですか!?でも何で?」

立花さんの言葉に、嬉しそうに物を受け取る観月くんではあったけれど、【お菓子を貰える理由】についてはピンときていない様子だ。

あら、忘れちゃったのね。

「あなたたちが言ったんでしょ?『作ってきてほしいです!』って。自分の言葉に責任を持ちなさいよ。日頃から本条課長にも言われてるでしょ。…そんな調子だと女性側は傷つくわよ?」

立花さんは冗談っぽく(おど)けた感じで怒ることなく観月くんたちに教えていた。

「あっ、そうだ!あの時“課長のお姉さん”に叱られたことで、すっかり忘れてました。でも“お姉さん”の言ってること、正論すぎて反省しながら3人で帰りました。…立花さん、“柚奈姉さん”。時間割いていただいて、ありがとうございました。……それから。“雅姉さん”、誕生日おめでとうございます。」

「あー!(いつき)、ズルくね?」

「それは、『おめでとう。』をタイミング良く言えなかった“シュウ”が悪いよ。ここに着くまで意気込んでたくせに…。」

ふふっ。観月くんったら…可愛い。
先越されて残念だったね、でもありがとう。

「良い返しね、桜葉くん。ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいわ。あら、観月くん残念ね。…さてと。ごめんなさい、姫野さん。お菓子の説明してたところを話の腰折っちゃって…。」

「いいえ。立花さん、大丈夫ですよ。それでは改めまして……。鳴海部長や朝日奈課長、そして“チームメイトの3人”にはプレーンのパウンドケーキをご用意しました。…金曜日はご馳走様でした。」

そう言いながら、部長…朝日奈課長の順に回って渡していく。
その後、堤課長の前に立ち…こう告げる。

「堤課長と本条課長にご用意したのはエスプレッソのパウンドケーキで、お砂糖は部長たちにお渡しした物の1/3の量にしてあります。なるべく【カカオ70%のチョコの甘さ】に近づける感じに頑張りました。お口に合うと良いのですが…。そして、金曜日はご馳走様でした。」

「いえいえ、とんでもない。…エスプレッソが効いてて、【カカオ70%のチョコの甘さ】ぐらいのパウンドケーキとは……。絶妙で、良いですね。誰かから聞きました?俺の好み。」

「誰かに聞いてはいませんが、この【朝の光景】からなんとなく読み取りました。」

「なるほど、さすがの姫野さんといったところでしょうか。ありがとうございます。」

堤課長が、きれいに笑った。

(しゅう)のこんな表情(かお)、俺たちでもそんなに見ない。レアケースだな。さて、今日の〔3課〕の業務はすごい回転率かな?……それはそうと。姫野さんから頂いたパウンドケーキのラッピング、みんな違うんだ。これも含めて、こだわってくれたんだね。」

ふふっ、鳴海部長ったら。機嫌良くなっちゃった。

「ラッピングは、私が楽しくなってしまっただけですよ。」

そして私は窓際の【役職席】に座る、本条課長の元へ――。

「本条課長。金曜日はご馳走になった上に、自宅まで送って下さって…ありがとうございました。エスプレッソパウンドケーキです。課長のお好みである【カカオ70%のチョコの甘さ】ぐらいにはしたつもりですけれど…。お口に合うと良いのですが…。」

「あぁ、そうか。昴か…。昴の好みに合わせたら俺も大丈夫だからな。想像を働かせてくれたんですね、姫野さん。」

さすがの堤課長。

「あぁ、そうか。俺と(しゅう)の好み…似てるからな。……さて、ありがとう。姫野さん、今頂いても構わないか?」

「はい。お召し上がり下さい。…芹沢さんと福原さんが出勤されないうちに…。また、お持ち帰りの際は【紙袋ごと】持ち出していただくことをお勧めします。」

今日、みんなのお菓子を入れてきた袋を手で示しながら、課長に伝える。

「この紙袋ごと…?まぁ、姫野さんが言うんだから考えがあってのことだろうが…。“鳴海先輩”や観月たちには無く…むしろ、この袋から個包装にしてある物を渡していたな。そして芹沢と福原の名前も出ていたし……。あー。フッ。"そういうこと"か。本当に、あなたって人は…よく気がつく。ありがとう。」

「いいえ、とんでもないです…課長。持ってきたのは私ですから。」

さすが本条課長、私が袋を持ってきた"意図"をちゃんと()み取ってくれましたね。

「本当に…あなたには驚かされますよ、姫野さん。昴とここまで“相性の良い女性”は…そう居ない。やはりあなたは【彼が求めているもの】に、いち早く気づいてくれているようですね、ありがとう。」

鳴海部長もさすがです。

「私を【病院に送って下さった時に部長がおっしゃっていたこと】ですね、覚えております。もったいないお言葉を頂戴していますが…私は本当に課長の業務的サポートをできてますでしょうか?」

「十分すぎるほど助かってるから、自信を持っていい。業務ももちろんだが【コーヒーが出てくるタイミング】が絶妙で…毎回本当に助かるし、あなたの『そろそろ、ブレイク入れませんか?』の一言でどれだけやる気になることか…。集中力、上がるのは確かだな。」

そんな風に思っていただいていたなんて…嬉しい、光栄です。
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