男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
「このパウンドケーキだってそうだよ。俺や柊の好みを気にしてくれたんだから。〔秘書課〕でのノウハウは活きてるし、あなたを引き抜いてきた恩恵はこれ以上ないほど受けてる。うちに来てくれてありがとう。……さて。味わって、頂くとしよう。……頂きます。」
もう。朝からどうして【私をやる気にさせる言葉】をくれるんですか。
そこまで言っていただけるなら、私ももう一肌脱ぎましょう。
そう思って“彼”を見ると、ちょうどパウンドケーキを咀嚼しているところだった。
「…ん、美味い。エスプレッソ、結構効かせてくれたんだな。味もしっかりするし、袋を開けた時に良い香りもしたから…なおのこと良かったよ。柊、これはお前も躊躇なくいけるぞ。」
「ありがとうございます、本条課長。お口に合って良かったです。……鳴海部長。お褒めの言葉をいただいた直後に、非常にお願いしにくい【お願い事】をしたいのですが…。」
「何でしょう?言ってみて下さい。」
「本条課長のことです…。おそらくは【私たち3人が作ってきたお菓子】を、一口ずつそれぞれ食べて下さると思います。…問題はその後です。今食べ切れない分は"後で。"と考えていらっしゃると思いますが、デスクの上にあれば…芹沢さんが詮索してくることは目に見えています。」
「姫野さん、まさか……。」
課長が面を食らったような表情を見せるのは、本当に珍しい。
「そうですね、姫野さんの想像の通りだと…僕も思います。」
…あっ!部長が"分かった!!"って顔してる、さすがだわ。
「そこで、課長が望まれるようなら【この部署で一番安全な部長室】でお預かりいただけないでしょうか?ゆっくり美味しく食べていただきたいですし…本条課長も、立花さんも、柚ちゃんも、質問攻めにされることは避けたいのです。……お願いできないでしょうか?」
「他ならぬ柚と姫野さんの頼みとあらば…断れませんね。良いでしょう、お預かりしましょう。〔部長室〕は誰でも入ってこれるわけじゃないからね、昴のデスクに置いてあるより安全でしょうね。【相手ファースト】…姫野さんらしいです。」
「姫野さん、やるわね!課長もさすがに"裏をかかれた!"って顔してたわよー。私たちのことまでありがとう。」
「ホントだよー。さすが姫ちゃん!ありがとー!もしかして、昨日から考えてたの?」
「まぁ、そうね。」
柚ちゃんに笑顔で聞かれたので、サラッと返す。
「“雅姉さん”、すごっ。俺、【紙袋の件】も分かんなくて話についていけなかったですけど、【芹沢さん・福原さん対策】だったんですね。昨日から考えてたとか…どんだけ頭回したんですか!」
話に入れない状況作ってごめんね、観月くん。
「“雅姉さん”、さすがですけど…恐るべし!…確かに、芹沢さんが課長に絡み始めると他の人が質問しにくくなるからなぁ…。実害出るのはダメですよね。課長も一日怖いし…。…とは言っても、課長がキレたいのもすごい分かりますけど。」
そうなのよ…桜葉くん。実害が出るなんて大問題よ。
「桜葉、"一日怖い"のは…すまなかった。気をつけてはいるんだがな…。あそこまで滞るとさすがにな…。それにしても……。恐れ入ったよ、姫野さん。ここまで考えてくれてたとは…。」
本条課長が困ったように笑う。
――ドキッ! もう…まただ。
そんな表情しないで下さい、こっちが反応に困ります。
私も、課長と同じような笑みを浮かべてこう返す。
「クスッ。大袈裟です、課長。私は【誰から貰った】とか【付き合ってるのか】とか…そんな不毛な会話のせいで、課長をはじめ…皆さんの業務が滞ることがないようにしたかっただけです。大したことしていません。」
こんな会話をした後、男性陣は…クッキー、ラスク、パウンドケーキをそれぞれ一つずつ確実に食べてくれた。
そして、本条課長は“芹沢さんたち”が現れる前に、鳴海部長に【お菓子の残りが入った紙袋】を抜かりなく…確実に託していた。
**
――午前10時50分。観月くんのデスクの電話が鳴った。
「もしもし、〔営業1課〕の観月です。……えっ、ちょっと待って下さいよ!神崎さん、それ…本当に朝日奈課長からの指示ですか?〔1課〕から〔3課〕まで100人近く居るんですよ?この1週間前のタイミングでそんな――。」
「…観月、代わろう。……もしもし。工藤ですが、毎年お伝えしているはずです。〔営業部〕は人数が多いので、分けてしか歓迎会ができないと。〔1課〕の歓迎会に参加できないのは…あなたの【くじ運】が悪かったんでしょう。良いじゃないですか、部長と課長は3回とも出席するんですから。うちの観月を困らせないで下さい。彼は、今年初めて幹事を任かされた身ですから。慣れてないので、私と一緒に進めるように言われていましてね。もし先ほどのお話が…本当に【朝日奈課長からのご指示】というなら、こちらから確認に出向きます。」
あっ、忘れてた。今週金曜日、新人歓迎会じゃない。
あー。嫌だな。苦手なのに……。
観月くんや工藤さんの話を聞く限り〔2課〕の神崎 史織さんが、本条課長に会いたいがために〔1課〕の歓迎会に「来たい!」って駄々こねてる感じよね。
しかも【くじ運】って何?
〔2課〕と〔3課〕の女性陣、〔1課〕の歓迎会に入り込むために抽選までしてるの!?……呆れた。
…はぁ〜。本条課長、毎年大変だったんですね。お疲れ様です。
「{はいはい、神崎さん。懲りないねぇ…毎年毎年。ちょっと受話器借りるよ。}」
「{――あっ、朝日奈課長!これは…その――。}」
「{もしもし、朝日奈です。僕は店舗変更の指示なんて出してないから…。予定通りに進めてもらっていいよ。}」
「そうですよね。承知しました、確認できて良かったです。」
「{おっ、今年は工藤くんが幹事なんだね。}」
「はい。観月と2人で…ですね。」
「{そっか、観月くんね。確か3年目だもんね。経験積ませにきたな、“アイツ”。…観月くんに、『お疲れ様。』って伝えて下さい。……では。}」
「工藤さん、ありがとうございます。すごい勢いで言われたので切り返しきれませんでした。」
「"営業"の女性は、姫野さんと鈴原さん…立花さんと柏木さん以外みんな“うちの課長”を狙ってんだから、そのつもりで対応しろって。対応しきれないと思ったら、すぐ俺か課長を呼べよ。」
「はい。」
さすが工藤さん、頼りになるわね。
そんな彼――。
工藤 公貴さんは、年齢は確か28歳で…入社6年目のはず。
本人たちにはそんな気持ちは全く無いようだけど、工藤さんはいわば…“本条課長の右腕”的な存在だ。
鳴海部長と本条課長が【采配のプラチナペア】なら、課長と工藤さんは【営業・技術のプラチナペア】だと言われている。
観月くんや桜葉くんと、常に営業成績を競い合っている【良きライバル】の関係だ。
170cm半ばのスラッとした細身体型やシャープな顔つき…切れ長の目や黒髪アップバックヘア――。
これらの要素を持つ彼の印象は、“仕事のデキる男”そのもの――。
そんな工藤さんは、“営業現場の司令塔”なんて呼ばれているのを…秘書時代に耳にしていた。
もう。朝からどうして【私をやる気にさせる言葉】をくれるんですか。
そこまで言っていただけるなら、私ももう一肌脱ぎましょう。
そう思って“彼”を見ると、ちょうどパウンドケーキを咀嚼しているところだった。
「…ん、美味い。エスプレッソ、結構効かせてくれたんだな。味もしっかりするし、袋を開けた時に良い香りもしたから…なおのこと良かったよ。柊、これはお前も躊躇なくいけるぞ。」
「ありがとうございます、本条課長。お口に合って良かったです。……鳴海部長。お褒めの言葉をいただいた直後に、非常にお願いしにくい【お願い事】をしたいのですが…。」
「何でしょう?言ってみて下さい。」
「本条課長のことです…。おそらくは【私たち3人が作ってきたお菓子】を、一口ずつそれぞれ食べて下さると思います。…問題はその後です。今食べ切れない分は"後で。"と考えていらっしゃると思いますが、デスクの上にあれば…芹沢さんが詮索してくることは目に見えています。」
「姫野さん、まさか……。」
課長が面を食らったような表情を見せるのは、本当に珍しい。
「そうですね、姫野さんの想像の通りだと…僕も思います。」
…あっ!部長が"分かった!!"って顔してる、さすがだわ。
「そこで、課長が望まれるようなら【この部署で一番安全な部長室】でお預かりいただけないでしょうか?ゆっくり美味しく食べていただきたいですし…本条課長も、立花さんも、柚ちゃんも、質問攻めにされることは避けたいのです。……お願いできないでしょうか?」
「他ならぬ柚と姫野さんの頼みとあらば…断れませんね。良いでしょう、お預かりしましょう。〔部長室〕は誰でも入ってこれるわけじゃないからね、昴のデスクに置いてあるより安全でしょうね。【相手ファースト】…姫野さんらしいです。」
「姫野さん、やるわね!課長もさすがに"裏をかかれた!"って顔してたわよー。私たちのことまでありがとう。」
「ホントだよー。さすが姫ちゃん!ありがとー!もしかして、昨日から考えてたの?」
「まぁ、そうね。」
柚ちゃんに笑顔で聞かれたので、サラッと返す。
「“雅姉さん”、すごっ。俺、【紙袋の件】も分かんなくて話についていけなかったですけど、【芹沢さん・福原さん対策】だったんですね。昨日から考えてたとか…どんだけ頭回したんですか!」
話に入れない状況作ってごめんね、観月くん。
「“雅姉さん”、さすがですけど…恐るべし!…確かに、芹沢さんが課長に絡み始めると他の人が質問しにくくなるからなぁ…。実害出るのはダメですよね。課長も一日怖いし…。…とは言っても、課長がキレたいのもすごい分かりますけど。」
そうなのよ…桜葉くん。実害が出るなんて大問題よ。
「桜葉、"一日怖い"のは…すまなかった。気をつけてはいるんだがな…。あそこまで滞るとさすがにな…。それにしても……。恐れ入ったよ、姫野さん。ここまで考えてくれてたとは…。」
本条課長が困ったように笑う。
――ドキッ! もう…まただ。
そんな表情しないで下さい、こっちが反応に困ります。
私も、課長と同じような笑みを浮かべてこう返す。
「クスッ。大袈裟です、課長。私は【誰から貰った】とか【付き合ってるのか】とか…そんな不毛な会話のせいで、課長をはじめ…皆さんの業務が滞ることがないようにしたかっただけです。大したことしていません。」
こんな会話をした後、男性陣は…クッキー、ラスク、パウンドケーキをそれぞれ一つずつ確実に食べてくれた。
そして、本条課長は“芹沢さんたち”が現れる前に、鳴海部長に【お菓子の残りが入った紙袋】を抜かりなく…確実に託していた。
**
――午前10時50分。観月くんのデスクの電話が鳴った。
「もしもし、〔営業1課〕の観月です。……えっ、ちょっと待って下さいよ!神崎さん、それ…本当に朝日奈課長からの指示ですか?〔1課〕から〔3課〕まで100人近く居るんですよ?この1週間前のタイミングでそんな――。」
「…観月、代わろう。……もしもし。工藤ですが、毎年お伝えしているはずです。〔営業部〕は人数が多いので、分けてしか歓迎会ができないと。〔1課〕の歓迎会に参加できないのは…あなたの【くじ運】が悪かったんでしょう。良いじゃないですか、部長と課長は3回とも出席するんですから。うちの観月を困らせないで下さい。彼は、今年初めて幹事を任かされた身ですから。慣れてないので、私と一緒に進めるように言われていましてね。もし先ほどのお話が…本当に【朝日奈課長からのご指示】というなら、こちらから確認に出向きます。」
あっ、忘れてた。今週金曜日、新人歓迎会じゃない。
あー。嫌だな。苦手なのに……。
観月くんや工藤さんの話を聞く限り〔2課〕の神崎 史織さんが、本条課長に会いたいがために〔1課〕の歓迎会に「来たい!」って駄々こねてる感じよね。
しかも【くじ運】って何?
〔2課〕と〔3課〕の女性陣、〔1課〕の歓迎会に入り込むために抽選までしてるの!?……呆れた。
…はぁ〜。本条課長、毎年大変だったんですね。お疲れ様です。
「{はいはい、神崎さん。懲りないねぇ…毎年毎年。ちょっと受話器借りるよ。}」
「{――あっ、朝日奈課長!これは…その――。}」
「{もしもし、朝日奈です。僕は店舗変更の指示なんて出してないから…。予定通りに進めてもらっていいよ。}」
「そうですよね。承知しました、確認できて良かったです。」
「{おっ、今年は工藤くんが幹事なんだね。}」
「はい。観月と2人で…ですね。」
「{そっか、観月くんね。確か3年目だもんね。経験積ませにきたな、“アイツ”。…観月くんに、『お疲れ様。』って伝えて下さい。……では。}」
「工藤さん、ありがとうございます。すごい勢いで言われたので切り返しきれませんでした。」
「"営業"の女性は、姫野さんと鈴原さん…立花さんと柏木さん以外みんな“うちの課長”を狙ってんだから、そのつもりで対応しろって。対応しきれないと思ったら、すぐ俺か課長を呼べよ。」
「はい。」
さすが工藤さん、頼りになるわね。
そんな彼――。
工藤 公貴さんは、年齢は確か28歳で…入社6年目のはず。
本人たちにはそんな気持ちは全く無いようだけど、工藤さんはいわば…“本条課長の右腕”的な存在だ。
鳴海部長と本条課長が【采配のプラチナペア】なら、課長と工藤さんは【営業・技術のプラチナペア】だと言われている。
観月くんや桜葉くんと、常に営業成績を競い合っている【良きライバル】の関係だ。
170cm半ばのスラッとした細身体型やシャープな顔つき…切れ長の目や黒髪アップバックヘア――。
これらの要素を持つ彼の印象は、“仕事のデキる男”そのもの――。
そんな工藤さんは、“営業現場の司令塔”なんて呼ばれているのを…秘書時代に耳にしていた。