佐藤さんは甘くないっ!

しかし、昨日から何も食べていないので胃液が少し出ただけだった。

口の中がカラカラで気持ち悪い。

頭が殴られたようにがんがんする。

そんなことより、佐藤さんのジャケットにわたしの吐瀉物がかかったことが何よりも問題だった。

素人の目で見ても良いスーツだということくらい解る。

ああ、なんてこった。

三神くんに吐かれそうになったときは、スーツの上ではやめてくれ!と思ったのに。

そんなことを言っていたわたしが、高級スーツになんて失態を…。

色んな意味で頭が痛くなってきた。

このまま意識と一緒に人生も閉じてしまいたい。


「……柴、少し我慢しろ。吐きたくなったら遠慮なくこれに吐け」


そう言いながら上着を脱いだ佐藤さんは、汚れた部分を内側に丸めてわたしに手渡した。

……これをボウル代わりに吐いていいですと?

さっき吐いておいてなんだけど、びっくりして吐き気も引っ込んでしまった。

当の佐藤さんは何事もなかったようにけろっとしている。

一体どうしたものかと考えていると、急に身体がふわっと浮いた。

予想外の出来事に思わず目を見張る。

佐藤さんが、わたしを……お姫様だっこ、していた。


「っ、え、あのっ!?」

「待ってろ、医務室に運ぶ。嫌なら顔を隠していても良い」


飄々とした表情でそう言うと、佐藤さんは医務室に向かって歩き始めた。

廊下ですれ違うひとたちが騒いでいるのが聞こえる。

今朝見かけた女の子たちが悲鳴のような声を上げていた。

本当は顔を隠すべきだったのかもしれないけど、何故かそうできなくて、わたしは優越感にも似た感情を抱いていた。
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