佐藤さんは甘くないっ!

おもむろに、頬に佐藤さんの手が触れた。

びっくりして顔を上げると佐藤さん越しに鏡と目が合った。

そのときやっと、自分が泣いていることに気付いた。

瞬きをするたびに生温い雫が何度も何度も伝って、佐藤さんの指を濡らす。


「…………わたし…」

「柴は泣き虫なんだな」


どきりと、心臓が嫌な音を立てる。

20歳を過ぎた社会人の女がめそめそとすぐに泣くなんて、マイナス要素だ。

またわたしの女としてのポイントが下がっていく。

しかし佐藤さんはなぜか小さく笑っていた。

意味がわからなくて首を傾げると、優しい手つきで涙を拭われた。


「社内で俺だけが知ってる、柴の可愛い一面だな」


――どうして、こんなときだけ、佐藤さんの言葉は甘いんだろう。


「………佐藤さんでもそんなこと……言うんですね」

「どういう意味だよ。本当のことを言ったまでだろ」


あんな砂糖たっぷりな発言をしておきながら、当の本人はけろっとしている。

……こっちは顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしいっていうのに。

ああもう、調子が狂うなぁ。

すっかり涙は止まってしまってただ視界がゆらゆらと揺れる。

ずずっと色気もなく鼻をすすりながら、掠れた声で言葉を紡いだ。


「……わたし、めっちゃ面倒臭いですよ」

「そりゃあ楽しみだな」

「……重いし……鬱陶しいし……我儘ですよ」

「俺、重いって言葉嫌いなんだよ。それだけ好きってことだろ。どうして悪く捉えるんだ?」


さくっと。

胸に刺さった優しい言葉が熱をもって、わたしの心にできた氷をじんわりと溶かしていく。

その氷が溶けて、また新しい涙を生んでしまいそうだった。


「柴が重くなればなるほど、俺の事好きってことだな。どうせ来月には重くなるんだから、さっさと諦めろ」


だからどうして、そんな簡単に言うんですか。

わたしが欲しかった言葉を全部、全部、甘く、優しく。
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