佐藤さんは甘くないっ!
微妙に落ち込んだような、悔しいような気持ちのまま定時を迎えた。
いつもなら残って仕事をしているけれど、今日はデートの約束があるので早めに切り上げる。
三神くんはもう少し資料を直してから帰るというので、初めて「お先に失礼します」と声を掛けた。
妙に生温い微笑を返されたのでやっぱり彼は気付いている気がする…。
しかしわたしからそれについて触れることはせず、何も知らない振りをして踵を返した。
佐藤さんと一緒にオフィスを出るのを避けて、わたしだけ後から駐車場に向かう。
まだナンバーも覚えていない車を探すのは難しいかと思ったがエンジンが回る低音ですぐにわかった。
失礼します、とドアを開けて素早く助手席に乗り込む。
この光景を見られたらおしまいだな、なんて思いながら用意していた言葉を掛けた。
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ。柴は何が食べたい?」
本当は仕事の話をされたらどうしようって、少し怯えていた。
三神くんへの指導が甘いとかもっとしっかり見てやれ、とか。
だけど挨拶も早々に佐藤さんはプライベートな表情をわたしに見せる。
いつもより目が優しい。
口角が少しだけ上がる。
わたしの頭を撫でる掌が温かい。
ほっとしたような悲しいような何とも言えない気持ちが込み上げてきて、鼻の奥がつんとした。
「わ、たし……なんでもいいです」
「それが一番困るんだよ。適当に連れて行くぞ」
「はい…おなか、すきました」
ゆるやかに動き始めた車は静かで、車内には音楽もラジオも流れない。
佐藤さんに今の顔を見られないように窓の外を眺め続けた。
そんな不自然なわたしに、佐藤さんは何も言わなかった。