Caught by …
 最後のあの人の顔が、脳裏に焼きついて離れず、私は立ち止まったまま目を閉じる。

 早く、消え去って。

 もう、忘れるの。

 唇を強く噛んで、爪が食い込むほど手を握り締める。

 時々、この自分の弱さが嫌になる。私の思考回路は、いつも悪い方向へ向いて、その度にこうして立ち止まる。

 私は前に進みたいのに、忘れたいのに、結局無限のループに落ちる。


 全部、全部、あの人が……。


 私はできるだけ目を大きく開けて、上を見上げる。冷たい風に、熱くなった目元を冷ます。

 人がいなくて、本当に良かった。こんな所は誰にも見られたくない。両親にだって、絶対に。

 暫くして、大分落ち着いた心。私は顔を元の位置に戻し歩き始める。

 早く帰って、熱いシャワーを頭から浴びたい。それから課題のレポートをして、読みかけの小説も最後まで読み終わりたい。冷蔵庫にはアンネが遊びに来たときに置いていったお酒があったはずだ。夜ご飯はデリバリーのピザでも頼めばいいだろう。

 あとは、それから…。

「…っんだ、よ‼おめぇよぉ?」

 大学の寮として使われている築何十年のアパートまであと少しという所まで来て、不意に誰かの声が聞こえた。それも、呂律の回らない怒鳴り声。

 私の今いる場所からは見えない、曲がり角の向こうから聞こえているので、少し早歩きをして角を曲がったら…。
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