夜叉の恋
* * * * *


すっかり日が昇ったとは言ってもまだ皐月。

随分暖かくはなったものの肌寒さは依然と残っており、白とは最早呼べないのではないかという程に汚れた白い小袖で駆け回る寧々に、静は少しばかり悩んでいた。

昨日、人の子を拾った。

まだ十にも満たない、否、十どころか漸く五つを過ぎたのではないかという程の年端もいかないほんの幼子だ。

そして、それを拾ったのは静という子育てなどまともに見たことも関心を持ったこともない男。

更に、言わずもがな彼は妖。

――そんな妖の男に人の子を育てろだなんて無茶、誰が可能だと思うであろうか。

思う訳がない。

何せ当の本人が既に匙を投げたい衝動に駆られているのだから。


「静さーん! 見て、お花!」


離れた所から大声で手を振る寧々の小さな手には、一輪の花。

そんな大声で叫ばずとも、「何ていうお花なのかなぁ?」という呟きまで静の耳には聞こえているのだから大丈夫なのだが、寧々は妖というものをよく知らない極々普通の人里で産まれ、生贄となるその日までその閉鎖された社会で生きてきた娘。

彼女が妖を知らないように、静もまた、“人の子”を知らない。

妖が妖として生きていれば普通ならば人間などと関わることはないのだから無理もない。

そんな状況の中で、突然訪れた未知なる生き物“人の子”との出逢い。

成り行きとはいえ拾ったのは静。

このままハイ、サヨナラとしても別段困りはしないのだが、静の胸につっかえる棘のような小さな痛みにも似た影。

寧々の無垢な笑顔を見れば、尚更その影は濃くなる。

が、とはいっても分からないのだ。

汚れた小袖も。この気候も。
この状況も、全て。

――寧々にとって、最善は何だ?

振り向けば死んでいてもおかしくはない――それ程に脆弱なのだ、人間という生き物は。

今は元気に駆け回っている寧々も例外ではなく、更に子供であるその小さな体にとって、考えれば考える程に周りの全てが毒なのではとさえ思ってくる始末。

まさかこんなにも扱い辛いとは思わなかった。

何も考えずに拾ったのが運の尽き。

自業自得だ。


「ねぇねぇ、静さん」


不意に呼ばれ、下を向く。

そこには両手を背に隠しながら目を輝かせて静を見上げる悩みの種、寧々の姿。

寧々の背後から香るそれに、この娘がこれから何をするのか粗方想像はついたが、素知らぬ振りをして口を開いた。


「何だ?」

「えへへっ。あのね、凄くいいものを見つけたの。だからね、ちょっと屈んで欲しいんだ」


嬉しそうに頬を薄らと染めるその姿は素直に愛らしいと思う。

その姿に免じて言う通りに目線を合わせるように屈んでやれば、寧々は「ありがとう」と笑って徐に背後から“いいもの”を取り出した。

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