ノラ猫
やっぱりそうか……。
逃げ出したノラ猫を、せっかく捕獲できたんだ。
そう簡単に逃げる術を与えるわけない。
「……おばさんは?」
そう言えば、おばさんの気配を感じない。
あの人はあたしを嫌っていた。
手を出されているのはあたしのほうなのに、いつも人を娼婦扱いしているような視線を浴びせていた。
だから再びあたしがこの家に戻ってきたら、きっとそれは嫌なことのはずだ。
「ああ……。それなら先月出て行ったみたい」
「え……?」
予想外の返しに、目を丸くさせた。
にいさんは顔色一つ変えずに、ベッドを降りて言葉を続ける。
「男ができたんだって。
だからこんな堅苦しい家、嫌だって言って出て行ったよ」
「……そう」
一つの救いが消えた気がした。
つまりあたしを追い出したいと思う人間はどこにもいないんだ……。
「まあ、それとはべつに、家政婦雇ってるから見張りもいるってこと。
だから逃げるとか、下手なこと考えるなよ。
次逃げたら……どうなるかよく考えるんだな」
ゾクリと悪寒が走る。
逃げるなんて……
そんな道すら与えてくれないくせに……。
「もう……いい」
諦めの言葉を吐くだけで、もう精一杯だった。