じゃあなんでキスしたんですか?
大橋さんて、本当にツンデレ猫みたい。
怒ると怖いけれど、笑いかけてもらったときの喜びはなにものにも替えがたい。
「え、なにこのファン心理」
自分の思考に突っ込んでから、こんなことをしてる場合じゃないと気づき、急いでフロアに戻った。
デスク脇に置かれたバッグのなかには、保冷剤で頑強に守られたランチボックスが入っている。それを取り出して、わたしは正面のデスクを見た。
課長は目を通していた資料を束ねてファイリングをしたところだった。時計を見上げてちいさく吐息を吐き出し、おもむろに席を立つ。
お弁当を買いに行くのかもしれない。
わたしはランチボックスをかかえてフロアを出ていく背中を追った。腕時計に目を走らせるとお昼休憩には二分フライングだ。でもこのチャンスを逃したらきっと次はない。
「も、森崎さん」
裏返りそうになる声を必死で抑えながら声をかけると、エレベーターのボタンに伸ばした指を止めて、課長が振り返る。
「すみません、ちょっと、いいですか」
あたりに誰もいないことを確認し、階段のドアを指さす。
エレベーターホールよりも階段のほうが人目につかないはずだ。