じゃあなんでキスしたんですか?


「すごい渡り歩いてるんですね」

「仕事ができるから、上が目をつけて修行させてたらしい」
 
梅干しの紅色がうつった白米を口に放り込んで、桐谷さんは思い出すように目を上げる。
 
つられて見上げた空は、どこまでも青く、太陽の光がまぶしい。

「外商部の連中が飲み会で言ってたんだけど、森崎さんが三年目のときに、女の先輩がひとり、会社を辞めたらしい」

「女の、先輩……?」

「そ」
 
もぐもぐと口を動かしながら、エースは箸を振り回した。
 
五年前、森崎さんがまだ二十五歳だったとき、外商部で男性顔負けの仕事をしていた女の先輩が、とつぜん辞表を出した。

その女性はもともと森崎さんの指導役をしていた人で、ふたりはとても仲がよかったという。

「森崎さんも最初はあんな機械みたいに無表情な男じゃなかったらしいんだよ。信じらんないけど」

「わたしは」
 
森崎さんを機械みたいだなんて、思ったことはない。
 
ほんの少しだけだけど、彼にはちゃんと表情がある。
 
笑ったり、不機嫌だったり、唇や目元のちいさな動きを、みんなが見逃しているだけだ。
 
そう言おうとして、ふいに思い出した。
 
顔全体がくずれたやさしい表情に、胸がつまる。

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